【 第14話 】 【 若いときに、いたずらしましてね。  】

もんもん」とは、刺青、入れ墨み、いれずみ、彫り物、タトゥー・・のことである。

これを生身の体に入れてあるのを、生まれて初めて見たのは、初めて行った立川のサウナであった。浴室には、誰もいなかった。かかり湯を使い、サウナのドアを開けると、二人の男が、ま正面に並んで座っていた。

1人は40代とおぼしき中肉中背の男、もうひとりは小柄な老人であった。 その60代とおぼしき老人の両肩に、くすんだ青の模様が見えた。ぼくの、頭の中では、SF映画に出てくるコンピューターの機械のように、青や赤や白や黄色のボタンが、めまぐるしく点灯した。

「このまま、ドアを閉めるべきか、そのまま、そ知らぬ顔でサウナに入るか」という結論を、 いかに早く出すか?ということであった金を払った同じ客同士、なんの遠慮がいるものか。と堂々と中に入りドアを閉め、ふたりの前を通り、一番奥の隅に座った。

といえば聞こえはいいが、恐くて、そのままドアを閉めることもできず、かといって、近くに座るなど、とてもとても・・・。狭いサウナの中で、ぼくは、顔を上げることもできず、ただただ、うつむいていた。

そのとき、中年の方が、「見事な、彫り物ですね。」と言った。ふたりは、見ず知らずだったようだ。老人が、「若いときに、いたずらしましてね」と気負うでもなく静かに語るのが聞こえた。

そのサラリと言ってのけた言葉に、ホンマモンを感じました。彼らが出てからも、しばらくは、汗だくになりながら、サウナからは出られないでいました。後から入っていた者が、すぐに出るのも、変かな?とか水風呂で一緒になったら、どうしようか?なんて余計なことばっかり考えていました。

全身に、それこそ、手首から足首までのを見るのは、それから何年か後のことです。ぼくが勤めていた所の社長が、元その筋の人でした。ぼくは結構気に入られていて、運転手として、あちこち連れていかれました。

当時、社長は、完全なる堅気(かたぎ)だったんですが、そういう関係の所に出入りは、していました。いくら、その筋関係とはいっても、商売は商売ですから・・。

そんな、ある日。

組関係のNO2で、社長の元兄貴分の、組事務所兼自宅に行ったときのことです。この兄貴分の方とは、何度か外では、会ったことがありましたが、ここに来るのは初めてでした。

部屋の広さは十数畳はあったでしょうか。ドアから入って、すぐ右横にベンチシートがあります。奥の方には、応接セットがあり、そこに4人ほどの、強面のおじさまたちが座っています。その奥真正面の窓際に立って、兄貴分の方は電話をしていました。

ぼくは、ドアのすぐ近くにある、ベンチシートに腰をおろしました。社長はずんずんと中に入っていき、兄貴分の方に目礼をすると 空いているソファに、ドカッと座りました。

しばらく電話をしていましたが、受話器を下ろすと
「ったく、今の署長は・・・」と言った後、幹部とおぼしき人たちに向かって、ゴニョゴニョと何か、話していました。署長とは、あとで聞いたところ、所轄署の警察署長とのことでした。

兄貴分の方が、ぼくに気付くと
「おい、そんな入り口じゃ寒いだろう。こっち来い」 と手招きします。
「いや、いいッス。ここで、大丈夫ス。」
外は、雪が降り積もっています。寒くないわけは、ないんですが・・・

だって、幹部とおぼしき、おじさまたちが、ぼくの方を見ています。ただ、こちらを見ただけなのでしょうが、睨まれているようで、とてもとても、同席なんか出来るわけがありません。

「腹減ったな。飯でも食いにいくか?」 お昼は過ぎていましたが、まだ食事はしていませんでした。 「いいスね。兄貴、俺も腹減ってるんですわ。」社長も乗り気です。

ぼくは内心『ひえぇー!!』です。社長が行くということは、ぼくも一緒ということですから・・・。ということは、この、おじさまたちも、一緒?

「チョッと待ってろや。着替えるから。」
というと、隣の部屋とのふすまを開けて、着替えを始めました。ジャージっぽい上着の前を開けると、腹に巻いた白いサラシが目に入りました。

上着を脱ぎ、次に、ズボンを脱ぐと、見事なまでに足首近くまで入った、刺青が見えます。上半身は手首まで、彫り物が入っていたのは、知ってましたが、まさか、全身とは思いもしませんでした。

着替えも終わり、 「肉でも食いにいくか?」と聞かれました。 「はい」 それ以外の返事があると思います・・?

結局、食事に行くのは、社長と、ぼくの三人でした。幹部連中は、遠慮したようでした。その分だけ、ホッとしたんですが。

「うまいだろ。ここのステーキは、うまいんだ。」と彼は、上機嫌です。
「はい、うまいッス」と答えましたが、緊張で、味なんか分かる訳がありません。

お店は小さいのですが、有名なステーキハウスです。とてもじゃないが、自前で入れるような店では、ありません。 凄く、いい肉を使い、うまいはずなんです。

でも・・・、全身いれずみの大幹部の、真正面に座らされて、食べるビーフ・ステーキの味・・・・。喉を、まともに通りませんてば。

肝心の、いれずみは、どんな図柄だったのか?って、あーたね、あーたなら、直視できるでしょうけど、ぼくは、そんな度胸、ハナから持ち合わせてませんてば。チラッと見えただけで、心臓バクバクで、別れるまで、その状態が続いてたんですから。


これは、ぼくの知り合いの男の子が3、4歳のころの話です。

この子の名前は「ノリ」。子供会の旅行で、とある温泉場に行きました。 「ノリ」と同じ歳の「コウ」とは、大の仲良し。

ふたりは、大きな浴室と大きな風呂に、大はしゃぎ。ふたりの親父達も、大きな浴槽の中で、のんびりと久しぶりの温泉を堪能していた。そのとき、ノリの声が浴室内に響きわたった。

「おとうさん!!、おとうさん!!」
声のするほうを見ると、洗い場で、体を洗おうとしている男の背中を、二人の、ちっちゃな手でペタペタと叩いているのが見えた。

「ねえ、ねえ、この絵、キレイだよ」
「キレイだよ!おとうさん!見て!ねぇ、見て!」
と、子供たちは、なおも男の背中を叩きながら、浴槽内の親父達二人を呼んでいた。

いわれるまでもなく、確かに、その男の背中には、キレイな絵が描かれていました。 そのときの、親父達の心中、いかばかりであったろうか。

「ノリ」と「コウ」は、いまなら、こう言うだろうか?
「若いときに、いたずらしましてね。」


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