【 第11話 】 【 綺麗なお姉さんは好きですか  】

夜行列車は、上野駅に近づいていた。空が白々とというよりは、どんよりと濁ったまま濃いグレーから、 薄いグレーへと変わっていく東京の朝は、今まで迎えたものとは違っていた。

「とうとう、来た。」

期待と不安とが入り交じった、複雑な思いが胸の奥を締め付けた。僕は、この時まで県外に出たことがなかった。

正確に言うと小学校の時の「松島」、中学生の時の「北海道」そして高校時代の「関西」への修学旅行以外となるのだが。「東京」への憧れは人一倍強かった。

別に東京で何がしたいとかいうのではなかった。ただ都会暮らしがしたい、という極めていい加減で、田舎者丸出しの理由からだった。そんな都会への強い思いとは裏腹に、はたして大都会の中で暮らしていけるのだろうか?という不安は常につきまとっていた。それを試すためにも、一度は東京に出てみないと話にならない。

そこで考えついたのが、受験という名目で、上京するという姑息な方法だった。どだい大学の入学試験を受けるなどという、学力はハナから持ち合わせていない。授業にさえ付いていくことの出来ない人間が、入試など無謀を通り越して、キチガイザタだ。当然、親も教師も反対した。金をドブに捨てると同じ結果になることは目に見えている。

「一度、たった一度だけでいいから、何とかチャンスをくれ」

と親に頭を下げまくり、シブシブながらも同意を得た。これで晴れて東京へ出る軍資金を、巻き上げることに成功した。当然、大学なんぞ、どこでも良かった。たとえ、どんな三流大学、 四流大学と呼ばれるような所ても合格する確率は、限りなくゼロに近いというか、全く可能性がないのだ。

初めての東京は、何もかもが新鮮で煌めいて見えた。上野駅に着き、山手線へと乗り換えた。 予約した宿の住所は、頭の中に入っている。

電車に乗るのさえ、ほとんど初めてといっていい。目に入る景色すべてが、驚嘆に値する。しかし、いなか者には見られたくない、という見栄だけはあった。

さも、見飽きた日常の風景とでもいうような態度で、つり革に掴まり、 目だけを小さくキョロキョロと動かして、過ぎ去っていくビルや建物の看板を、 心の中では、あんぐりと口を開けて見ていた。なにを、どう間違えたのか、高田馬場で電車から押し出されてしまった。

「まいったなぁ・・」
と思って、次の電車を待っていると、学生風の男が近寄ってきて、
「早稲田大学に行くには、どこで降りればいいんでしょう?」 と聞いてきた。
「さぁ・・・」 と、首を傾げるしかない。 それこそ、ついさっき東京の土を、初めて踏んだばかりだ。

「そうですか・・」 彼は、がっかりしたように去っていった。少なくとも彼には、「おのぼりさん」には見えなかったようだ。

しかし、彼は早稲田大学を受験し、こっちは受かる可能性のない入試を受けに来ている。そう考えると、ため息をつき、次の電車へ乗り込んだ。

「新宿・・ぅ、新宿 、次は   新宿。」

と独特の節回しの車内アナウンスを聞いて、思いついた。 東京のシンボル的存在の街、新宿の歌舞伎町で映画を見る。

"Good idea! Let's do that." それはいい、そうしようぜ!

新宿駅に降り立ち、歌舞伎町に向かって歩いていると
「映画、お好きですか?」キレイなお姉さんが、突然声をかけてきた。

「えっ、おれ?」(声には出さず目だけで、あたりを見回す。)

彼女は微笑みながら、
「映画、お好きですか?」 と同じ言葉を繰り返した。

当時の趣味は映画鑑賞。それも洋画専門だった。中学卒業の年に見たスティーブ・マックイーンの 「大脱走」に衝撃を受け、ずっぽりとはまっていた。 市内にたった一つ残った映画館に、それこそ学校をさぼって通っていた。

映画が好きか?という問いかけに、パブロフの犬のごとく反応しないわけがない。
「はっ・・はい!」

「ちょっと、アンケートよろしいでしょうか?」
お姉さんは、笑みを絶やさず、こっちの目を見て聞いてくる。

同級生の女の子に用があって話かけても、ソッポを向かれることはあっても、真っ正面から、ましてや微笑みながら話しかけられたなんて経験は皆無。よろしいも、よろしくないもないではないか。

彼女は、たわいもない質問を一問ごとに、こっちの顔を見ながらバインダーに挟んだアンケート用紙に書き込んでいく。そのたびに、こちらに向ける笑顔は、少女漫画の1場面のようにキラキラと星が輝いているように見えた。

アンケートやらが終わって、会員限定の1年間有効の映画鑑賞券とやらが、いかに得で有意義であるかを早口にまくし立てた。気が付けば、数千円の会員券を買っていた。その出費のため、映画を見るのは、諦めざるえなかった。

宿に着き、部屋に通されてから、券に書いてある細かい文字の説明文を見ながら
「ちょっとヘンじゃないのか?これ。」と感じていた 。

あの、お姉さんの説明だと、東京の大部分の映画館で使えるような、口振りだったのだが、どうも違うようだ。それこそ、期間限定、上映映画館限定のような書き方だ。その映画館も2つか、3つ。

「ひょっとして、騙された・・・?」と気づいたのは、このときだった。

なんてこったい、東京に着いたその日に詐欺にあうとは・・・。 都会では、生き馬の目を抜くというのは、まさに、このこと。券をコタツの上に放り出した。
そこへ、お茶を持ってきた、ぼくより少し年上とおぼしき、宿の仲居さん?(娘さん?)が

「あれっ、お客さんも買ったんですか」と嬉しそうに話しかけてきた。

お客さんも・・ということは・・・・・、この人も、買わされたんだ。

「う、うん・・」と生返事するしかなかった。

その後、彼女は、その券を買わされた時のこと、映画が好きで休みの日は映画三昧だ。ということを、ひとりペラペラしゃべっている。僕は彼女の話を聞きながら、別のことを考えていた。

「東京の人間でも騙されるんだ。」 「東京の人間でも騙されるんだ。」

そして、これだったら、東京でも充分生きていける。とヘンな自信を持った事件であった。しばらくしてから、この映画の券のキャッチセールスは、ちょっとした社会問題になりました。


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