【 第2話 】 【 弱いイヌほど、よく吠える  】

道路拡張工事に伴う上水道工事の本検査に行けというシャチョーの、お言葉。「ははー。確かに承りました」てなもん。

そこの、現場の工事に関わったわけではないんだが、 検査の時の人夫なんて、写真を、撮るためのアシスタントといったところで、極めて楽な仕事。

汚れ仕事専門の、わたくしにとっては、めったにないことで 「ありがたや、ありがたや」です。

タケ、彼は古参の一人で、田舎くさい、気の弱いオッサン。40代半ばだが、10歳は、老けて見える。しかし、シャチョーに、タメ口をきける、唯一の人物であり、怒られ役。

社内でも、タケは特別な存在。という雰囲気になっている。 親代わりでもあり、昔風にいうと、本家の旦那と、分家のアニさん、とでも言えば、分かるでしょうか。

そんなんですから、シャチョーの個人的な用事も 休みの日だろうと、だろうと、 シャチョーの都合だけで呼び出され、こき使われる。

仕事でも、こんな現場、採らなきゃいいのに(赤字確定)というような現場に、いの一番に送り込まれ、まだ出来ないか、速く終わらせろ、と毎日矢のような催促の電話。

タケが、社内で、特別な存在というのは「かわいそうに」という、 哀れみの目で、見られているという、部分が多い。


その日の朝、シャチョーはタケに「検査に行け」と確かに、言ってました。 間違いなく、わたくし、この耳で聞きました。

「ふーん、ずいぶんと今日は人数が多いな。その分楽できるな」と思いましたもん。

タケは、その翌日、別の現場の検査があって、そこへ行くことに、なっていました。あくまでも、そっちの現場は翌日です。タケとナベの二人が先に出発していきました。

ぼくは、もう一人の同僚と、検査の準備をして、二人が出かけてから、10分後ぐらいに、現場に向かいました。

「おい、シャチョー来てるよ。検査に来るなんて聞いてたか?」
「何も・・いつもの気まぐれだろ」
「遅いとか、なんとか言われるんじゃないのか?」
「検査まで、まだ時間はタップリあるし、何も言われることなんかねえだろ」
「それも、そうだな」

ところが、車から降りると、いきなり聞こえてきたのが

タケ! このバカヤロー!!
という、シャチョーの、罵声です。

お前、検査があるだろう!なんでこんな所に居るんだ!バカヤロー!

人を、怒鳴りつけるときの、顔中、真っ赤にして、バカヤローの二連発です。

やめてくれー!!

通勤時間帯のこんな人通りの多い所で、なに吠えてるんだよ!。 まだ雪の残る春の初め、窓を締め切って車を運転している人まで、何事かと、こっちを見ているじゃないか・・・・・・・・

タケが、シャチョーに、何か言おうとしたとき・・・「さっさと行けー!」二の矢が飛んできました。タケは、ナベと、慌てて車に乗り込み、明日が検査、という現場に、向かいました。

シャチョー、あんた勘違いしてるよ。とは思っていても口には出しません。とばっちりはゴメンです。いったん癇癪を起こすと 誰かれ構わず怒鳴り上げ、吠えるんで、ガキより始末が悪い。

この3.4ヶ月前のこと。
ヤマさん。ベテランの親方です。

普通であれば三人の現場に、ぼくとふたり。手元が一人じゃ負担が大きいだろうし、 現場監督からも、できれば三人にしてもらいたい、との要望もあったんで、シャチョーに、増員を頼んでみる、と言う。

どうせ増員なんて、無理だから言わない方がと、ヤマさんに、言ったんです。

その翌朝のこと、出発前の段取りで、倉庫へ行ったら、いきなり、聞こえてきたのが、****!!という、ヒステリックに、わめいている、特徴のあるシャチョーの声。

何事か、と思って、倉庫に入っていったら、ヤマさんが、中二階を見上げていた。中二階ではシャチョーが、ウインチで機材降ろしの最中。

ヤマさんが
「そうは言っても・・」と言ったとたんに、

やめちまえー! そんな、現場やめちまえー!
顔中真赤にして、こめかみの血管が、切れるんじゃないの?と思えるような形相で、キャンキャンとスピッツが 吠えるがごとくに泣き叫ぶ。

あ〜ぁ、まったく、もう。うるさいったらありゃしない。 話の突端は、ヤマさんが、現場の増員の事を、言ったんだと、すぐに分かりました。

「やめちまえー!って、ホントに、やめちゃっていいの・・ラッキー!」
と一瞬思いましたよ。なんたって、シャチョー命令ですもん。

ヤマさんは、茫然自失状態。そりゃそうよ、別に怒鳴られるようなことじゃないんだから。

遅れて倉庫にやって来た、他の従業員も、何のことか分からないで、キョトンとしてる。というか、さわらぬ神にたたりなし、を決め込んでいる。

ヤマさんと俺は、シャチョー命令とはいえ、 仕事を放り出すわけにも行かず、現場に向かいました。 増員は、当然のごとく、却下でした。


30分ほどで、検査も無事に終り、片づけをしているとき、

「タケの、現場の検査、あしただっけ?」と聞かれたんで 「そう言ってましたけど」と答えると、携帯電話を、取り出した。

「へー、いいとこあるじゃん」と思っていたら、 携帯の画面から顔を上げ、
「ま、いいか」と、携帯電話を、胸のポケットに、入れてしまった。

何が「ま、いいか」なんだよ。連中どうすんだよー。
たぶん老眼で、細かい文字が、見にくかったんだろうな。あとは、さっさと自分の車に乗り込んでしまった。

シャチョーがいなくなった後、これじゃ連中が可哀想だと思って連絡してやりましたよ。(なんという仲間思いのやさしい性格なんでしょ。)

「おーぉサンキュウ。だろ。だよな。確か明日のはずだよな」 と言うのがナベの答え。しかし二人は、あしたの検査の段取り、と称して、日がな一日、山でノンビリ過ごして、夕方になってから、帰ってきました。

タケにしたら、わけも分からず、公衆の面前で罵倒された、意趣返しのつもりだった、のかもしれません。

ところが、翌日の検査の日、前日深夜からの、降雪が30センチ以上にもなり、役所の人間が来るまで、現場までの、除雪が間に合わず カントクに、えらい怒られたそうです。

まあ、それも、しょうがないっしょ。前の日、二人とも、楽したんだから。
お天道様は、お見通しっ、て事ですよ。

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