金子安次 腐れ外道の鬼畜帝国軍人 】

「金子さんの戦争」〜中国戦線の現実〜のプロフィールを元に、金子安次を追ってみた。

「1962年浦安尋常小学校入学。」
ときに金子安次、42歳

は、ご愛嬌としても、まさに、「時をかけるジジイ」の悪逆非道の行為と嘘にまみれた、腐れ外道の鬼畜の半生。

金子安次(かねこ やすじ)
1920年(大正9年)1月28日:千葉県浦安に漁師の次男として生まれる。
1932年(昭和7年:12歳):小学校卒業後、家の手伝いをはじめる
1962年浦安尋常小学校入学。
1934年(昭和9年:14歳):向島の屑鉄屋へ丁稚奉公に出る。

1937年(昭和12年:17歳):12月13日:南京陥落
南京大虐殺にも参加と証言
金子安次さん(59師団44大隊). 作戦に出ると中国人の部落へ泊まる。 マキがない から民家のテーブル、イスなどの家具はすべて燃やしてしまう。それを食事 のマキ にしたり、寒いときはたき火をし、夏は風呂を沸かす。
http://www1.ocn.ne.jp/~sinryaku/nankin2.htm

59師団44大隊の編成は、1942年(昭和17年)4月1日、
金子安次は、軍隊に入隊していないにも関わらず、まだ出来てもいない部隊に属し、屑鉄屋の丁稚奉公のかたわら、南京で略奪行為(家屋破壊)を行っていた。

1940年(昭和15年:20歳)河田部隊、四四大隊に入隊

「狂気の毒ガス戦を体験して」 金子安次さん
私は、昭和15年11月に中国山東省に上陸し、初年兵教育を受けた後、山東省の各地 を転戦しました。昭和16年10月頃、山東省新泰県と菜無県の県境のある部落を包囲 しました。その際、ひどい抵抗を受けたため、毒ガス弾を使用しました。すると薄い霧の ようなものが広がり、そのうち、城壁からゾロゾロと八路軍の兵士や部落民、女、子ども が顔を押さえて逃げ出してきたのを、機関銃で掃討しました。
その後、残兵の掃討、捜索をしていたところ、ある家のオンドルの隅に女の人が子どもを抱いていました。上等兵は子どもをもぎとるようにして女から放すと、私に子どもを預け、外に出ているように言いました。
しばらくの間は家の中から上等兵の怒号と女の悲鳴が聞こえてきましたが、その内に眼の血走った上等兵が女の髪の毛を引っ張って外に出て きました。
井戸の所にくると、「おまえは女の足をもて、井戸の中にぶち込んでやる」。上等兵が胸のあたりを押しつけ、私が足を持ち上げると女の人の体は井戸の中に落ちていきました。
ところが、私たちの後についてきた子どもは気が狂ったように泣きながら井戸の回りを走っていました。まだ小さくて井戸の縁に背が届きません。するとその子は近くから箱のような ものをもってきて、井戸の縁に置き、中を覗き込んで、「ママ、ママ」と叫んでいましたが、いきなり両足で台を蹴り、井戸に落ちていったのです。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/3521/kaneko.htm

これが、金子安次が行った残虐非道な軍隊時代の代表的な行為である。
このとき使用された毒ガスは

金子によると、その村は頑丈な城壁で防御されていたので、部隊は攻めあぐんでいたという。
そこで帝国陸軍の部隊は秘密兵器毒ガスを取り出した。
部隊は「赤筒」(赤筒というのは、激しいくしゃみや吐き気を生ぜしめるガスが充満した筒を示す暗号名である)に火を点けた。煙がその村に立ちこめると、支那兵および支那民間人は苦痛のあまりよろめきながら街路へ出てきた。
「われわれは彼らを撃ちまくりました。彼らは束になって地面に倒れました。」
http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/others/japan-times-kaneko.html

1941年のその日、ガス弾が発射され(原文はthe gas was released)、ガス弾を受けた人々が倒れた後、金子と金子の上官とが村に入った。
生き残っている者は女子供を含めて全員殺すように命ぜられました。女は子を産むし、女が男の子を産めばその子は将来、大きくなってわれわれに歯向かうでしょうから。」と金子は語った。
http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/others/japan-times-kaneko.html

当時、日本の、毒ガスの使用禁止を決めたジュネーブ議定書の毒ガスに対する見解は「戦闘員を無力化して容易に殺傷できる催涙ガスは残虐であり、議定書の趣旨の毒ガスの範囲に含まれる」というものであり催涙ガスも毒ガスと認めていた。

しかし、生き残ったものとあるから、催涙ガスが使用されたわけではない。
催涙ガスには、死に至らしめるだけの毒性はない。
参考リンク: 化学兵器概観 催涙ガス――暴動鎮圧剤の概観
http://maneuver.s16.xrea.com/weapon/cw04.html

また、毒ガスを使用したとするが、

<金子によると、金子自身は致死性薬品が戦闘で使われるのを見たことはなく、涙やくしゃみを生ぜしめる「非致死性」ガスを使うこともなかなか許されなかった―
「非致死性」のガスを使ったら、常にその後で刺したり撃ったりして支那人を無差別に殺さなければならなかったから― という。
 「非致死性ガスを使うことは、マスタードガスを使うことよりも問題がありました。」と金子は語った。>
http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/others/japan-times-kaneko.html

参考リンク:マスタード剤――硫黄と窒素のマスタード剤の概観
http://maneuver.s16.xrea.com/weapon/cw02.html

致死性薬品が戦闘で使われるのを見たことがないとなると、この作戦で使われたものとは?

掃討作戦の一貫である部落に入ると、古い兵隊は当然のように戦利品である女を探し回る。
とそこへ、オンドルに女が子供を抱いて震えていたと言う。
先輩兵は金子に『外で監視しろ!』と言うとその後に女の悲鳴と殴る音が聞こえた。 しばらくすると先輩兵は女の髪を引っ張って出てきて『こいつは拒みやがった』といって、井戸に女をはめたという。
すると傍にいた4歳くらいの子供が『マーマ!』と言いながら井戸に飛び込んだ。金子がその光景にどっきりしていると、 先輩兵は
『金子、可愛そうだから手榴弾投げろ』といい、
金子は言われるがまま井戸に手榴弾を投げたという
B級活劇『元加害兵士とは誰か?』-時効になった強姦魔-
http://www.jttk.zaq.ne.jp/baags702/tansi90.html
(金子安次の講演を聴いた人のメモ)

金子の先輩兵は、女を強姦しようとしたが、激しい抵抗にあい事を果たせないでいる。

身体の自由を奪うこともできない毒ガス・・・。
しかし、このような証言もしている。

金子の記憶によると、中年の女と幼な子とが家のうしろに隠れていたという。金子の上官が女を辱めた後、金子は女を井戸に投げ入れ、その井戸に手榴弾を投じた。
 金子はまた、村の広場に中年の支那人の男が縛りつけられているのを見た。一人の日本兵が刀をとってその男の首を斬り落とした。
 斬られた首は蒼白となって地面に転がった、と金子は回想して言う。男の娘らしい若い女が駆けだしてその首を持って泣いた。  金子によると、約130人がその作戦で殺されたという。
http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/others/japan-times-kaneko.html 

微妙な部分ではあるが、証言が変わっている。しかし、
昭和16年10月、第59師団44大隊は、まだ編成されていない。

1942年(昭和17年):第59師団44大隊編成
師団長:柳川 悌 昭和17・4・1〜昭和18・3・1
     細川忠康 昭和18・3・1〜昭和20・3・31
     藤田 茂 昭和20・3・31〜

1943年9月(昭和18年)堤防を破壊し、731部隊に参加と証言
金子安次上等兵(44大隊機関銃中隊)
731部隊「コレラ作戦」―犠牲者2〜20万人・阿鼻叫喚の生き地獄―
44大隊長広瀬利中佐から、衛河堤防を破壊し解放区を埋没させてコレラ菌を散布せよ、との命令を受けた。
当時、重機関銃小隊長小島少尉ら8名は破壊を行い、ほかの者は堤防を守っているかのように装っていた。 当時、私は重機関銃分隊上等兵で、その破壊活動に参加し、円匙で50センチ堤防を切り崩した。
731部隊「コレラ作戦」
http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/yokuryu-sya-syogen/731-cholera.html

蓮尾第2中隊長の談話:
「コレラ菌を散布する等と、とんでもない話で、その中に多くの日本軍隊が駐留して居るので、我が方に危険極まり無いことをする筈がない」
731部隊「コレラ作戦」
http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/yokuryu-sya-syogen/731-cholera.html

日本人には感染しないコレラ菌だった、わけがない。

記述によれば、金子上等兵(本の中では兵長。上等兵が正しい?)は機関銃中隊、歩兵砲中隊各20人とともに、 円匙だけかついで川の補強にでたというのです。望楼の周囲に掘った壕を補強するため、土をカマスに入れて土嚢(どのう)を作り、 フンドシ一つで飯も食わずに作業をつづけます。
3時間も経ったころ、堤防の上から菊池武雄少尉の「オーイ、荷物を持って橋の向こう側へ移れ」とどなる声を聞いて、 隊員が木橋の上にさしかかったとき、「川が切れたぞお」という日本兵の声をききます。 そして、「やっぱりカーブに当たるところがやられたんだなあ」と金子上等兵のわきで、だれかが言ったというのです。
この話から、金子上等兵は堤防の決壊に加わっていないのは明らかですし、 また日本兵が堤防を切るところも目撃していません。大体、堤防を切る陰謀があったのなら、補強作業に兵をだすわけがありません。
731部隊「コレラ作戦」
http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/yokuryu-sya-syogen/731-cholera.html

まあ、これが妥当なところだろう。

敗走する時であればともかく(もちろん違法)統治するのに、皆殺しは得策ではない。すべて日本兵で賄うよりは、使役に使える人間がいたほうがいいに決まっている。

ここまでは、大日本帝国陸軍という組織の犯罪?の証言である。
しかし、以下に述べられる鬼畜の所業の数々は、明らかに個人の犯罪である。

「昼間のうちにいい女に目をつけておいて、夜襲いに行く兵士もいた。頑強に拒んだ女性には膣に棒を押し込み、子宮を切り裂き、油をつけた綿を押し込み燃やしたこともしばしばあった。
 金子さんの話によると、民間人に対する殺戮と性的虐待は日常的に行われていて、これに加担しなかった日本兵は、少なくとも金子さんの知る限り、ほとんどいないという。
http://blog.goo.ne.jp/kakatua/e/d819a2515eb72a4f0d5f0f0089a10146

これが、中国人や朝鮮人の所業であれば特別驚くには値しない。なにせ、この手の話は、いくらでも見つけることが出来る。
どこで、こんな残虐な手口を覚えたものやら。

87歳のカネコ・ヤスジ氏は,中国でレイプした無数の女性たちの叫び声を今も記憶している。第2次世界大戦中,日本帝国陸軍の歩兵だったときのことだ。
朝鮮半島から性奴隷として軍営の慰安所に連れてこられた10代の少女たちもいれば, 氏が戦友たちと中国東部で戦闘中,略奪を働いた村にいた女性たちもいた。
「彼女たちは泣き叫びましたが,われわれにとってその女性が生きていようが死んでいようが問題ではなかった」
とカネコ氏は東京の自宅でのインタビューで語った。 「われわれは皇軍兵士だった。軍の慰安所であろうと村であろうと、われわれはためらうことなく犯しました
http://blogger-refugee-camp.blogspot.com/2007/03/blog-post_04.html

女性が生きていようが死んでいようが問題ではなかった
死姦にすら抵抗感を持たない男、金子安次。
兵士がみな、金子のような人間だったわけがないことは、いうまでもない。

以下は、NHK・ETV特集から消された戦場の証言
http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/syougen/nhk_special.htm

「慰安所」にいって1円50銭払うんだったら、強姦だったらただです。
我々の月給というのは、だいたい一等兵で8円80銭くらい、上等兵で11円くらい。 その中から強制的に貯金をとられるんです。ですから金があまりありませんから、 1円50銭払うくらいだったら、作戦にいって強姦をした方がただだというような考えがありました。

金払うぐらいだったら強姦したほうがいいとは、腐れ外道の面目躍如。

昭和18年、作戦にまいりました。その時にある部落で若い兵隊が一人の若い女性を連れてきました。21、2歳でしょうか。それを、6人の兵隊でくじ引きをひいて順番を決めて、ひとりひとりその女を輪姦しました。

輪姦自慢とは・・・集団暴行で一躍名を馳せた「スーフリ」の和田信一郎を彷彿とさせる。もっとも和田よりも、はるかにはるかに、年長ではあるが。
参考リンク:SPIKE 早大生レイプ事件を追う!(1)

女は殺せ。子どもを産むから殺せ。子どもが大きくなったら我々に反抗するから子どもも殺せ、というように上官の命令がくるりと変わったんです。
そういうことですから、私たちたちはどうせ殺すのならどんどん強姦してもいい、そういう考えで私たちは強姦しました。

殺せという命令が仮にあったとしても、強姦していいという理屈にはならない。
強姦男の身勝手な、詭弁。

先ほど強姦の問題がありましたが、陸軍刑法では強姦をすると7年以上、現場にいただけでも4年以上という刑罰があります。 しかしながらなぜ私たちが強姦したかというと、確かに金の問題もありますが、現在では私たちは中国人といっていますが、しかし当時は支那人、あるいは差別的に「チャンコロ」といっていました。
「チャンコロ」の女を強姦して何が悪いんだ、どっちみち殺すんじゃないか、こういうような気持ちをもって強姦したわけです。 従いまして、中隊長あるいは大隊長でも自分の部下がたとえ強姦罪を犯しても陸軍刑法を出さない。自分の功績に関係するんです。そしてもう一つは、チャンコロだという劣等視があるんです。だから、われわれ兵隊は強姦をしたんです。

犯罪であるとの認識のもとに強姦していた確信犯であった。
われわれ兵隊などと、いけシャァシャァとほざいているが、この戦争で戦死していった多くの日本人兵士たちをも侮辱している。

Q:強姦は頻繁に行われていたのですか。
作戦中はね、それはもう毎日のようにやっていました。私もそうです。 当時、中国の女性は纏足をしていて逃げられず、家にいることが多かったので…。

まったく、反吐が出そうなほど見事な、腐れ外道ぶり。


1945年(昭和20年:25歳):敗戦を北朝鮮で迎える。その後シベリアに抑留。強制労働に従事。
1950年(昭和25年:30歳):撫順戦犯管理所へ移送。
1965年(昭和17年:45歳):16年ぶりに帰国。
2000年12月(平成12年:80歳):女性国際戦犯法廷で元日本軍兵士のひとりとして証言台に立つ。
金子さんは現在、 中国帰還者連絡会の一員として、日中友好のための活動


金子安次の発言が、日中友好のためになるかといえば、
それは間違いなく「NO」

もっとも、中国帰環者連絡会(中帰連)が、中国共産党によって洗脳された集団であることは、周知の事実である。

参考リンク:
いわゆる「洗脳」について(1)―抑留中に何があったのか―
http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/sennou/sennou.html
いわゆる「洗脳」について(2)―ある抑留者の「手記」より―
http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/sennou/sennou2.html

「学習の反省と深化を基礎にして、彼らに自らの意志で罪を認め、反省を促す指導をすることである」 とし、具体的には下記の「テーマ」で、座談形式の討論会を行ったとしています。
「テーマ」というのは、次のとおりです。
@ 誰が君たちを戦争犯罪人の道に押しやったか
A 戦争中の天皇をどのように見るべきか
B 現在の監禁生活を抜け出して新しい人生を始めるには、どうしたらよいか
 これらを見れば、中国が期待(要求)する答えは一つしかありません。つまり、「自らの罪行を認め、その責任が天皇にあることを学んだ」ことを表明する以外、どんな回答が可能でしょうか。討論とは名ばかり、明らかに誘導でしょう。
 現に中国は、「二つの態度と二つの道」つまり、「罪を認めれば寛大な処置が受けられ、罪を認めなければ厳しい処置を受けなければならない」と散々吹き込んできたのですから、罪を認めないかぎり帰国の望みが絶たれる と抑留者は考えざるを得ません。
 しかも坦白(自白)が主体となれば、中国側が納得する内容で「自白・認罪」する以外に、一体、どのような選択が残されているのでしょう。故国への思いがどのように強いものかを考えれば、取りうる道は一つしかないのは明らかです。
http://home.att.ne.jp/blue/gendai-shi/sennou/sennou2.html 

金子の発言をもって、日本軍人全体を糾弾する証拠とはなりえない。
何度もいうように、あくまでも個人の犯罪なのだ。

たとえば、歴史歪曲、捏造を得意とする朝日新聞・テレビ朝日社員犯行史だが。
これをもって会社ぐるみの犯罪とするには無理がある。中には部署ぐるみも含まれてはいるが、それをもって組織全体の犯罪とはならないのは自明の理。

「会社が歴史歪曲、捏造を日常茶飯事的に行われていた組織に属していたから、自分は、こうなった。」などと発言したら、それこそお笑い種だろう。あくまでも個人の犯罪なのだ。

金子安次は、自分自身で行った個人の犯罪を、国家や軍隊に擦り付け免罪符を得ようとしている。いくら懺悔したところで、免罪符とはなりえないし、どう理屈を捏ね回そうとも正当化できる話ではない。

たとえ洗脳されていたとしても。「売春婦に金を払うぐらいなら、強姦したほうがいい。」などと金に汚い男だ。金子安次の反日行動が、ボランティアの無料奉仕など、ありえまい。

数多くの戦争犠牲者を足蹴にし踏みつけにし、なおかつ貶める。犯罪履歴をとくとくと語り、我が飯の種とし、英雄気取りの鬼畜の腐れ外道。許すわけにはいかない。

今、85歳、まだまだ死ぬなよ。金子安次。


目次
誰も知らない落合信彦
●落合信彦 ブックス資料室
●奥菜秀次ブックス資料室
●あめりか冒険留学
●禁断のデビュー作
●落合信彦の消えた履歴書
●ぼく、ノビです
●忘却のかなた
●英会話睡眠学習
●封印された過去
●奥菜秀次氏への伝言
●奥菜秀次氏からの返信
●落合信彦・最後の真実
●落合信彦・破局への道
●ポストスクリプト2005
●落合信彦に全てを捧げた男
●捏造−ジャーナリスト落合信彦・増補新版
●あめりか冒険留学ふたたび
●勝ち組クラブ(The Winners'Club)
●落合・奥菜関連グッズ
●隠し通したかった本
●見えない政府
●日本人のメンタリティ
●ジャーナリストとしての姿勢
●人は我をCIAと呼ぶね 前編
●人は我をCIAと呼ぶね 後編
●ノビーは、あるぜんちな丸で海を渡った。前編
●ノビーは、あるぜんちな丸で海を渡った。後編
●国際ジャーナリストの情報分析
●捏造か真実か
●奪われし者たち
●消された勇者たち
●落合信彦と朝鮮
●差別に必要なもの、それは区別
●失うものといえば命ぐらいしかない
●騙し人
●虎を鎖でつなげ
●捏造、即、削除、南京大虐殺生き証人
●捏造する人々
●教科書から消えた戦争
●危ないジャーナリズム
●若き日の落合信彦
●マイ食器という考え方
●村山富市は何を成し、何を成さなかったか?
●安倍知子 国土保安隊
●山内惠子 気楽な稼業ときたもんだ!
●金子安次 腐れ外道の鬼畜帝国軍人
●捏造作家 吉田清治という男
●親日真相究明法と親日人名辞典
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