【 安倍知子 国土保安隊 】


国土保安隊 こくどほあんたい

2007年1月、衆議院議員阿部知子により創出された謎の組織。警察予備隊の誤認であるとの説もある。
はてなダイアリー

短にして明瞭、かつ鋭い名解説である。

国土保安隊という謎の組織が公に確認されたのは、2007年1月19日。

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  社民党衆議院議員・小児科医・阿部知子のメールマガジン
 \^o^/「カエルニュース」 第253号 2007/1/19 \^o^/
                 http://www.abetomoko.jp/
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     ★☆ 国民保護は地方自治から ☆★  
    (略)

 阪神大震災は12年目を迎えたが、国民を災害から守ることを
任務とされているはずの自衛隊が、国による命令を受けて救援
に向ったのは、数日を経て後のことであった。日本の場合、自
衛隊は軍隊ではないし、国土保安隊として出発し、防災のたね
にも働くことを任務としてきた特別な生い立ちがあるのに、で
ある。
(略)

http://www.abetomoko.jp/mailmagazine/index.html

実際の自衛隊成立までの流れ(生い立ち)はこうだ。
1950年06月25日 朝鮮戦争勃発
1950年08月10日 GHQの「警察予備隊令」により「警察予備隊」として組織
1951年08月01日 海上警備隊とともに保安庁(同日設置)の管轄下に
1951年09月08日 サンフランシスコ講和条約に調印。
1952年01月18日 李承晩大統領の海洋主権宣言 (李承晩ライン)
1952年04月28日 サンフランシスコ講和条約発効。
1952年10月01日 「保安隊」に改組
1953年02月04日 第一大邦丸事件
1953年02月27日 アメリカが米軍の演習地区から竹島海域を除くと発表
1953年04月20日 独島義勇兵を結成した韓国の青年が竹島に上陸
1954年07月01日 防衛庁設置法により「自衛隊」成立

警察予備隊→保安隊→自衛隊であって、「国土保安隊として出発」は間違い。というか、そもそも「国土保安隊」なる組織そのものがない。

安部知子が上のメールマガジンの文章を衆議院議員 阿部知子のホームページに貼り付け後から事態は動き出す。

1月21日、巨大掲示板「2ちゃんねる」にスレッドが立てられ「国土保安隊」の名前は、社民党衆議院議員安部知子の名前と共に、日本中に、一大センセーションを巻き起こすこととなる。

阪神淡路大震災が発生したのは、平成7年1月17日、5時46分。今年2007年1月17日で13年目。 (カエルニュースの発効日は1月19日「阪神大震災は12年目を迎えた」とあるのは間違い。)

「(自衛隊は)防災のたねにも働くことを任務としてきた特別な生い立ちがあるのに、である。」 ようするに、安部知子は自衛隊は阪神淡路大震災のときには、役にたたなかったと言いたいらしい。

阿部知子は「国による命令」と書いていることからして、この場合の対象は首相に限定される。自衛隊出動は、知事の場合は「要請」であり、首相の場合は「命令」である。

当時、自衛隊に出動命令が出せる総理大臣の椅子には、社会党委員長村山富市(現社民党名誉党首)が座っていた。

それと安部知子は、自衛隊が、己が判断で勝手に出動すれば、もっと多くの人を救えたのに、と主張しているようだが、自衛隊は、勝手に行動することは許されない。

いわゆる、シビリアンコントロール(文民統制)である。

社会党は政権担当する以前も、その後もシビリアンコントロールの重要性うんぬんを盛んに叫んでいた。 もっとも、村山富市が総理大臣になるまでは、自衛隊不要論であったのだが・・・。

阪神大震災時、自衛隊の出動が遅れた原因は、シビリアンコントロールを自衛隊が厳守したためであり自衛隊に責任はない。

もし自衛隊の投入が遅れたとすれば、その最終的責任は,自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣に帰結する。

このような場合、批判の矛先は、命令、要請を出す側、またそのための法整備をする行政に目が行くはずなのだが、 安部知子は、命令、要請なしでは動けない側の自衛隊を批判した。

自衛隊批判のために阪神淡路大震災とその被災者をダシに使い、整合性があろうがなかろうが、何でも利用するという意図が透けて見える。

これは、当時被災地で政府の無策に対し、自衛隊はもちろんボランティアを含め救助、復旧活動をしていた全ての人々への侮辱である。

自衛隊が、いついかなる活動を行ったのかは「村山富市は何を成し、何を成さなかったか?」を参照。

それでは、そのときの最高責任者の総理大臣である村山富市は、自衛隊出動をどう考えていたのか。

0.災害派遣要請
物議をかもした災害派遣要請
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Stock/5761/hannkatu0.html
(1) 日経新聞 2005年1月17日 このインタビューより当時の状況を推察すると 官房長官や副長官は自衛隊の出動を督促していたが村山は当初、自衛隊の出動を考えていなかった。
17日午後3時消防庁長官から死者300人の情報が入り、 必要なことを(自衛隊の派遣も含めて)すべて行うよう指示したとなる。
このインタビューは村山本人が当初、自衛隊の出動を考えていなかったと証言している点で重要である。

内閣官房長官 五十嵐広三(日本社会党)
内閣官房副長官 園田博之(新党さきがけ)
内閣官房副長官 石原信雄 (事務方)

官房長官 の五十嵐広三(日本社会党)までもが、自衛隊出動を督促していたにも関わらず、村山総理は、自分の意志で明確に自衛隊出動を拒否していた。国民の生命および安全、財産よりも、己がイデオロギーを優先させていた。

もう一点、震災当日の17日午前、山花貞夫ら衆院17人、参院7人は会派離脱届を提出していた。まさに、社会党分裂の激震が、村山自身を直撃していた。

村山にとっては、遠く離れた関西での未曾有の大災害よりも、己が身に降りかかった災難(党内抗争)に、どう対処すべきかが最優先事項であった。己がイデオロギーと党利党略私利私欲のため、被災地であえいでいる人々を、あえて見殺しにしたのだ。

安部知子は、この時のことを12年も経てば、人々の記憶の中から消え去っているとでも思っていたのだろうか?

まさか、村山富市が総理大臣であったことを知らなかったのか?

人々の憤りは、安部知子の秘書池田幸代(東京都議会議員選挙予定候補者)のブログ(シアワセの種を集めて)へと向かう。安部知子のホームページには書き込み欄がなかったためである。
(抗議、批判の書き込みは2ちゃんねるのスレッド立て以前からあった。)

池田幸代のブログシアワセの種を集めてのコメント欄には、1,000にも及ぶ抗議や批判が相次いで書き込まれた。

池田幸代が運営していたもうひとつブログ(茶話会☆郷の味)までもが炎上。1月22日シアワセの種を集めては閲覧不可となり、その後、ブログ閉鎖の事態までに発展した。

一方、国土保安隊創出者である安部知子のホームページでは、1月22日朝、「国土保安隊」は忽然と姿を消す。

安部知子本人の手によって「国による命令」が「知事の要請」へ「救援」が「本格救援」へ「国土保安隊」は「警察予備隊」へ「防災のたね」が「防災のため」と書き換えられ「国土保安隊」は、その役割を終え(?)消えていった。

阪神大震災は12年目を迎えたが、国民を災害から守ることを任務とされているはず の自衛隊が、知事の要請を受けて本格救援に向ったのは、数日を経て後のことであった。 日本の場合、自衛隊は軍隊ではないし、警察予備隊として出発し、防災のために働くことを任務としてきた特別な生い立ちがあるのに、である。
週刊オブイェクト,2007/1/23阿部知子議員が証拠隠滅を図った模様

安部知子発言に対する抗議や批判に対しては何の説明もないままにであった。
この説明なき改竄は、更なる安部知子批判を生み出した。

1月24日、安部知子のメールマガジン「カエルニュース」第254号が発行された。

    ★☆ たくさんのご意見をちょうだいして ☆★
 先回のメルマガには、たくさんのご意見を頂戴致しました。
私自身の表現の足らぬ部分、また事実認識のあいまいさに起因
する部分もあったと思います。そこで私の伝えたかったことと
合わせ、皆さんからご指摘のあったことも含めて今回のメルマ
ガとします。
http://blog.mag2.com/m/log/0000058959/108170029.html

しかし、このメルマガが、新たなる火種となる。

「事実認識のあいまいさに起因する部分もあったと思います。」とは・・・?
本来の言葉の使い方からすると、「事実、認識」ないしは「認識の誤り」であろう。
「事実認識のあいまいさに起因する部分」では日本語としておかしい。国語力に問題があるようだ。

安部知子の言葉の使い方には、疑問符の付くものがあるのも確かである。

 これまで延べ人員2000名、車両約400台、航空機10機。
 とにかくもっともっと自衛隊の活動を強めて欲しい。人命が
奪われてからでは遅いのだから、雪なだれを含め二次災害にも
できる限りの予防措置を取るべく、最大の救援力を今こそ発揮
すべきである。
※「カエルニュース」第212号 2006/1/14 より抜粋

雪なだれ?
「なだれ」は「雪崩」であって、わざわざ「なだれ」に雪をつける必要はない。
安部知子が自衛隊批判をするときには、冷静さを欠いているためなのか、日本語が乱れてしまうようだ。

閑話休題

自衛隊批判への意見、批判に対しては、

 頂戴しましたご意見の中に、自衛隊が必死にがんばっていた
ことへの感謝が述べられたものも多々ありました。その通りだ
と思います。

「その通りだと思います。」の一文だけであり、阪神淡路大震災時の自衛隊の行動を不当に陥れたことへの謝罪の言葉はない。

 初動の遅れは、当時被災状況を迅速に把握し自衛隊の出動を
要請する自治体側の被害がひどく、知事も含めて身動きがとれ
なかったこともあると思います。また、それを受ける内閣側の
体制も情報収集など不十分でした。

と村山総理の責任回避論を展開しているが、京都の機動隊と大阪の機動隊は、早期の段階で独自の判断で動いている。もちろんこれらの警察が、官邸同様正確な情報は持っていたわけではない。

 当時の内閣の最高責任者は村山首相であることから、村山首
相の対応の遅れを指摘されるご意見もありますが、1月17日
午前10時、国土庁長官を本部長とする非常災害対策本部を設
置、午後4時に村山首相は、官邸で緊急記者会見を行い、万全
の対策を講じることを表明しました。私を含めてだれもが未曾
有の災害に対して、十分な判断や迅速な行動がなしえなかった
ことについて、多くの教訓が残されたと思います。
 その重い課題を受け止め、今なお癒えぬ被災者の抱える問題
を解決するために今後も政治活動に努めます。
                      阿部 知子
  ※「カエルニュース」第254号 2007/1/24 より抜粋

これが、ますます安部知子批判に拍車をかけることとなった。
1月17日午前10時、国土庁長官を本部長とする非常災害対策本部を設置、と自慢げに語るが、10時からの定例閣議で、玉沢防衛庁長官に
「沖縄基地縮小問題で大田昌秀知事としっかり協議するように」
と指示している。はるばる沖縄から上京してきていた社会党の太田知事(現社会民主党参議院議員)には、心遣いをみせている。

自衛隊の最高指揮官は首相である。
必要を感じれば、災害対策基本法の百五条に基づく各種の強制的な規制など総理に権限を広く集め、 効力のある「緊急災害対策本部」を早急につくれる。
そうすれば蔵相の了解なしに予備費の支出もできた。
とりあえず、食費などの資金的援助が迅速にできたではないか。」
中略
「ところが、村山首相はあまり権限のおよばない、 法律の裏付けもない「非常災害対策本部」を設置しただけであった。」
そもそも災害対策基本法は、昭和三十六年、池田内閣のときに成立した。が、そのとき社会党は、この法案に執拗に反対した。
新進党阪神大地震災害現地対策本部長

村山は、その後も、「緊急災害対策本部」は設置することなく自己責任を回避し続けた。

また、 午後4時に村山首相は、官邸で緊急記者会見を行い、万全 の対策を講じることを表明とあるが、記者会見なぞ、 それ以前に万全の対策を講じてさえいれば、いつやろうとも関係はない。官房長官談話であっても問題はない。
それに10時間以上もも経っていて緊急もないもんだが。

ただ、村山自身は、もっと早くに記者会見をやりたかった、という証言がある。

佐々淳行『後藤田正晴と十二人の総理たち

震災発生後は当然のごとく村山内閣の初動の拙さを様々なメディアで批判、村山総理をコキおろしていた。
そんなある日、佐々氏の官僚時代の上司である後藤田正晴氏から
「TVで言わず本人に言わんかい、ワシが官邸にアポとっとくから行って来い」
との電話。
気負って官邸に行くと、村山総理から「後藤田さんからあなたの講義を聴くようアドバイスされました、よろしくお願いします」 と丁寧に挨拶され、少し気勢をそがれる。

総理および官房長官,各補佐官,秘書官などの側近達、約2〜30人に対して震災時の対応の問題点の指摘、 今後必要な法律整備や体制作りなど、用意した資料を使いながら具体的な講義を行った。

・「まず何で発生直後に総理の緊急会見をしなかったのか!?  1年前のロスアンゼルス大地震のとき、クリントン大統領は直ぐに全米向けに”ロスを救おう”と、緊急演説を行っているじゃないですか!」
・「アメリカやNGO組織からの救援物資,医師団派遣の申し出があったのに何で断ったんですか!?」
・「”自衛隊を出すのは憲法違反”と、イデオロギーを国民の人命より優先させた社会党は甚だよろしくない!」
と、(佐々氏自身も内閣安保室長として関わった)三原山噴火時の中曽根総理の措置と対比しながら厳しく村山総理を批判した。

が、この講義が後半にさしかかったころ、それまで黙って頷いて聞いていた村山総理が、突然声を荒げて言った。

声を荒げた村山総理の言葉は、痛烈批判をする佐々氏に向けたのではなく、周りの補佐官達に向けられていた。

「だから...あのとき直ぐに記者会見をしようと私が言ったではないか!...」

このセリフを聞いて佐々氏は地震発生直後、官邸で何が起こっていたのかを察することができたと書いている。

つまり、「なにも社会党総理の時に、自分の役人生命をかけてまでリスクのある助言や調整を買って出る必要が無い」と、周りの補佐官達が本気で総理を補佐しなかったのが震災対応失敗の原因と佐々は分析したのだ。

官僚には「消極的権限争議(”これは我々の仕事じゃない”という争い)」の腕前をキャリアのスキルであると勘違いしている傾向がある。

現に当時の内閣安保室長(佐々氏の後輩ということになる)は、地震発生直後、村山総理に向かって理路整然と自分の仕事ではないと言い切ったとの事。

おそらく、集まってくる情報も深刻な状況は総理への報告を後回しにしたり、被害の楽観的報告に終始した可能性がある。

講義中の様子も、いちいち頷いて聞いている総理とは対照的に、補佐官達は講義内容に頷く訳でもなく反論するでもなく、無関心な表情で聞いていて、いかにも
「うるさいOBの説教が早く終わらないかな」という雰囲気だったと記している。

「社会党でも総理は総理だ、補佐官達は手を抜かずしっかり日本国総理を補佐せよ」を締めの言葉として講義は終了した。
2ちゃんねる掲示板より

佐々淳行が、いかに自分が他の官僚とは違って優秀だったのかを、これでもかと述べているが、やはり村山はピントがずれている。村山がやるべきことは記者会見ではなく、内閣総理大臣として、国民の生命、財産、安全を守ることを最優先させるべきでだったのだ。

社会党(現社民党)は護憲を党是としている。

日本国憲法 
第3章 国民の権利及び義務

第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

果たして、このときの村山総理は、国民の生命に対し最大の尊重をしたのだろうか。
護憲を唯一無二の旗印としてきた政党として、憲法条文は骨の髄まで染み込んでいるはずなのだが・・・。

それでは、安部知子とは、いったい、どういう人物なのであろうか。

阿部知子、1948年4月24日生まれ、東京都目黒区出身、58歳。
小児科医、社民党政審会長。
東大闘争の発端を作った医学部出身。
1969年の安田講堂攻防戦の時は大学2年生。
東大医学部はブント(共産同)やML派(毛沢東主義)が強かったのだが、阿部氏は 構造改革派のフロント(プロ学同)に所属していたようだ。
フロントは構改系で、ブントやML派に比べれば穏健だったが、ゲバ棒をふるい、 火焔ビンを投げていたれっきとした過激派である。
そして阿部氏は、同じ東大全共闘出身でも、民主党の仙石由人氏(元政調会長) などと比べれば、今でも極左の思想を色濃く残している。
依存症の独り言 還暦になってもまだ過激派???―阿部知子

東大紛争の始まりは、医学部インターン問題をめぐる学生への不当処分を発端として、大学当局に対する抗議活動が高まり、安田講堂を一時占拠するなどしたあと、1968年7月5日には山本義隆を議長として東大全共闘が結成された(詳細は東大紛争を参照)。全学共闘会議

まさに学生運動の歴史を大学入学後すぐから目の当たりにしていたことになる。

フロント【ふろんと】〔組織〕
フロント派ともいう。構造改革派(構改派)の一つ。統一社会主義者同盟(統社同)フロント派の略称。
プロ学同【ぷろがくどう】〔組織〕
プロレタリア学生同盟の略称。構造改革派(構改派)の一つ。

全共闘現代用語の基礎知識

この経歴を、裏付ける文言を安部知子のHPに見ることができる。

生命の尊厳の為に ―全力を注ぐ国キューバ―(2006年 9月15日〜23日)
また何よりも私たち団塊世代にとっては伝説のカストロやチェ・ゲバラが南米諸国の独立をかけて激しく闘ったロマンの地、一度は行ってみたいと夢見た国です。

チェ・ゲバラ、久しぶりに聞く名前だ。全共闘世代の英雄である。

しかしキューバは、もはやカストロ評議会議長の死待ちであることは周知の事実である。カストロの娘までがアメリカに亡命という、末期的症状を迎えている。ただし、カストロ自身の責任も大きいが、共産主義の限界ではあるのだが。

安部知子のキューバ礼賛は、まるで、かつて社会党が理想国家として持ち上げた北朝鮮人民共和国のようである。

「すずめ百まで踊り忘れず」安部知子は、今の日本に何を求めているのだろうか?

そして「カエルニュース」第254号は、安部知子の阪神淡路大震災における医療活動に新たなる疑惑を生じさせている。

別の面で安倍知子について、仔細に検証している方がおられます。
社民党 阿部知子議員の活動検証
http://blog.livedoor.jp/crock41/