第38話】 【 危ないジャーナリズム 】

秋田放送の自主制作番組「教科書から消えた戦争」というドキュメンタリー番組が放送された。
2006年4月30日(日)PM2:30〜【ABSテレビ】放送 ABSスペシャル「教科書から消えた戦争」
2005年8月27日(午後1時55分〜2時25分)に放映されたものの再放送。
概要はコチラ、サンキュー反日 ネタバレ〜■暮らしの本棚■〜: 教科書から消えた戦争

この番組の、もうひとりの主人公というべき人物が、
秋田県大仙市大田町に住む、朴浩鳳(84歳)

彼は、19歳の夏、農作業をしていたとき突然村役場に呼び出され、 日本軍のトラックに乗せられ、釜山からは船で日本に強制連行させられた。

連行先は、先造発電所。トンネルの掘削や危険な工事に従事させられ過酷な労働を強いられ、その後、銅や鉱石堀に従事させられた。

戦後は、飴やドブロクを売り細々と暮していたが、 そうしているうち朝鮮戦争がはじまり、故郷に帰るキッカケを失ってしまった。

韓国がベトナムに派兵したことに失望して祖国と決別。その後、韓国には1度も帰っていない。 兄はベトナム戦争で戦死。創氏改名を強制され、現在は、そのとき付けた「木戸」という姓を名乗っている。

たったこれだけの略歴にも、彼が悲惨な人生を送ったことが容易に想像される。
これが、「教科書から消えた戦争」のメインテーマであり視点でもある。しかし、ここには多くのすり替えがなされている。

戦後、つまり、太平洋戦争後、なぜ、彼は祖国に帰らなかったのか?

答えは、容易に導き出すことができる。朝鮮よりも日本の方が暮し向きが良かった。これである。

朝日新聞:昭和34年7月13日

大半、自由意志で居住 − 戦時徴用は245人

外務省、在日朝鮮人で発表

在日朝鮮人の北朝鮮帰還をめぐって韓国側などで 「在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府が強制労働をさせるためにつれてきたもので、 いまでは不要になったため送還するのだ」との趣旨の中傷を行っているのに対し、 外務省はこのほど「在日朝鮮人の引揚に関するいきさつ」について発表した。

これによれば在日朝鮮人の総数は約六十一万人だが、 このうち戦時中に徴用労務者として日本に来た者は 二百四十五人にすぎないとされている。主な内職は次の通り。

一、戦前(昭和十四年)に日本内地に住んでいた朝鮮人は約百万人で、 終戦直前(昭和二十年)には約二百万人となった。

増加した百万人のうち、七十万人は自分から進んで内地に職を求めてきた 個別渡航者と、その間の出生によるものである。残りの三十万人は大部分、 工鉱職、木事職の募集に応じてきた者で、戦時中の国民徴用令による 徴用労務者はごく少数である。

また、国民徴用令は日本内地では昭和十四年七月に 実施されたが、朝鮮への適用はさしひかえ昭和十九年九月に実施されており、 朝鮮人徴用労務者が導入されたのは、翌年三月の下関−釜山間の 渡航が止まるまでのわずか七ヶ月間であった。

一、終戦後、昭和二十年八月から翌年三月まで、希望者が政府の配給、 個別引揚げで合計百四十万人が帰還したほか、 北朝鮮へは昭和二十一年三月、連合国の指令に基く 北朝鮮引揚計画で三百五十人が帰還するなど、終戦時までに 在日していた者のうち七五%が帰還している。戦時中に来訪した労務者、 復員軍人、軍属などは日本内地になじみが薄いため終戦後、 残留した者はごく少数である。

現在、登録されている在日朝鮮人は総計六十一万人で、 関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用労務者としてきた者は 二百四十五人にすぎず、現在、日本に居住している者は 犯罪者を除き、自由意志によって在留した者である。

マスコミが言えない韓国の話画像あり

つまり、朴浩鳳は、自らの意思で日本に留まった可能性が高い。
そして、ここでも朝鮮人被害者?特有の経歴詐称の疑いも見えてくる。

84歳ということは、出生年は1920年だろうか。
19歳のときに連行されたということは1940年前後と考えられる。(1940年=昭和15年)

太平洋戦争(この番組では「アジア太平洋戦争」という言い回しをしている。)が始まったのは、1946年(昭和16年12月8日の真珠湾攻撃から)

つまり、朴浩鳳は戦争前に日本に来ている。
これは、日本への密航もしくは出稼ぎと考えて間違いない。
ABS秋田放送のスタッフは誰も確認しなかったのだろうか。あるいは見て見ぬふりを決め込んだ?

朝鮮人強制連行に関して、次のような資料を見つけた。
松代大本営を通してみる朝鮮人労働者と日本人(PDF版)

この中に一般朝鮮人労働者と強制連行(?)された朝鮮人労働者との差別が挙げられている。

自主渡航した人達と強制連行された人達の共通点は食事内容、風呂の利用頻度、衣服の配給の3 点を挙げることができると思う。
逆に、自主渡航した人達と強制連行された人達には3点ほど違いがあった。
その3点とは仕事内容、外出の自由、賃金の差である。
仕事内容に関して、作業方法などは多く証言されているが、それはほとんどが証言した人の仕事内容のみについてであり、強制連行された人達はこの仕事をしていたといったようなはっきりしたことはわからない。

詳しくは内容を読んでもらうとして、なぜ、同じ朝鮮人なのに、これほどまでに差別するのか?という点である。

以前にも書いたが、差別するには区別する必要がある。
同じ民族、同じ言葉、他者からは区別のつかない者を、どうするのか・・?

強制連行されたとされる朝鮮人は犯罪者であった。
と考えれば、どうであろうか?

仕事内容、外出の自由を奪われる。これは、犯罪者であれば当然ともいえる。
それでは、賃金が支払われたということだが、これは朝鮮政策が、異常と思えるほどに甘すぎる政策を施していたことを考えると、さほど奇異でもないのかもしれない。

それでは、なぜ他の朝鮮人が強制連行ではなく犯罪者だったと言わないのか。という点については別項で述べたいと思っているのだが、結論だけ言えば、「嘘は罪ではない」という儒教が深く関係している。

いずれにせよ、きつい仕事は金になった。朴浩鳳は、密航もしくは出稼ぎで日本にやってきて、そのまま日本に居着いた朝鮮人であるということだ。

昭和21年、秋田県内には300人の朝鮮人がいた。このうちの何人が故郷に帰ったことだろうか・・・

また故郷に帰るキッカケを失ってしまったという、朝鮮戦争勃発は1950年6月25日、
終戦から5年近くが経過している。また

1964年には米国の要請により海軍部隊を南ベトナムに派遣、翌1965年には本格的な陸戦部隊を派兵してベトナム戦争に参戦した。1973年に完全撤収するまでに総兵力31万名を投入、約5千名が戦死した。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

韓国がベトナムに派兵したことに失望して祖国と決別をし、韓国には1度も帰っていない。とあるが、

この約5千名の戦死者の中に、彼の兄も含まれている。

朝鮮人は礼儀を重んじる国だという。自分の兄弟が亡くなっても、祖国に帰らないと決意したのは、なぜなのか?

戦争反対だけでは、動機が薄弱ではないのか。

1965年で、このとき朴浩鳳、45歳。

ひょっとすれば、彼には帰るべき故郷がなかったのかもしれない。

取材スタッフも一言聞くべきであった。
「あなたの先祖は何ですか?」と

答えは
「両班」

まあ、いいでしょう。すべてを嘘とするには、手がかりが少なすぎる。

問題は、彼ひとりだけのものではない。こういう人物を利用しようという輩がいるということである。

1年後に再放送までした自主制作ドキュメントだったにも関わらず、「教科書から消えた戦争」は、Googleのキャッシュにさえ、残っていない。

この番組が何を意図として作られたのか、その背景を解くのカギは、契約スポンサーにあるのではと思ったのだが、記憶だけが頼りのため、残念ながらCMを確認できない。

番組内容に関しては覚えていても、CMは聞き流すならぬ、見流しのままになってしまっているからだ。

放送前の番組宣伝は、しつこいほど何度も何度も繰り返し流していたのだが、放送後は、知らぬ顔の半兵衛を決め込むというか、まったく無視とは、どういうことなのだろうか。

一地方局が、自主制作のドキュメンタリーを撮ることが、そうそうあるはずもない。反響が大きければ大きいほど、それを残しておきたいと思うのは、人情だろう。

むしろ、反響の大きさよりも、スポンサーサイトの意向が物をいったのか・・・?
それを考えると、録画しなかったことが、返す返すも残念。

地方テレビ局にとって、サラ金とパチンコ屋は大口のスポンサー・・・
案外、これが答えか??

不機嫌な日常 : ABSスペシャル「教科書から消えた戦争」
ABSスペシャル「教科書から消えた戦争」
2006年4月30日(日)PM2:30?【ABSテレビ】放送
ABSスペシャル「教科書から消えた戦争」

 日本と韓国の歴史認識の違いが大きな問題となっている。いま日本の歴史教科書からは、強制連行や従軍慰安婦などの記述が削られつつある。その一方で韓国の歴史教科書も、軍事独裁政権時代の記述が少ないなどの問題点が指摘されている。番組では、秋田大学の韓国人留学生が日本と韓国の歴史教育を考える。

ABS秋田放送アナウンサーのページ。彼が出ていたわけではないがABS秋田放送関連では、このページの、このコメントのみ。

井間正美研究室  (昨年に引き続き、ABS秋田放送「教科書から消えた戦争」(第2話)で、当研究室の研究教育活動が放送された(4月30日午後2時40分〜3時20分)

これ以外の記述は、一切見当たらない。ここにも、なにか意図が隠されているのか・・?

この番組で印象に残ったナレーション。

「強制連行については、日本の政府による謝罪や保証のないままである。」

日韓基本条約(日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約(昭和40年条約第25号) )にて解決済み

「強制連行は教科書から消えようとしている。」

強制連行という言葉は、朝鮮日報でも使わなくなっている。

冒頭の紹介ナレーション。

佐藤洋介
  秋田大学 大学院生 社会化の教師を目指す。日本と韓国の間は、「アジア太平洋戦争のせいで、ギクシャクしている」彼は、日本の教科書に問題があると考えている。

彼は番組後半部分で、韓国留学生、金貞善に「伊藤博文と朝鮮皇太子」の写真を見せ、

image2.gif(50567 byte)

日本の学校教科書にも載る有名な「伊藤博文と韓国皇太子」の写真
韓国皇太子は和服を着せられている
これが逆だったら、日本人はどう感じるだろうか?

(大月書店「日本の侵略」より転載)
このたびのたび・ 安重根義士紀念館

佐藤:「どう思う」
金 :「和服を着せられて・・・」

次に、もう一枚の伊藤博文が朝鮮の民族衣装を着ている写真を見せる。

ito-kanpuku.jpg(90615 byte)

韓服をまとった伊藤公(中央)

こん・写真で見る哀れなコリア

金 :「・・・・・こんな写真があったなんて・・」
唖然。

佐藤洋介氏の努力が、賽の河原の石積みに終わらないことを祈りたい。

追記:
ジャナーリストの正体見たり。
愛・蔵太の少し調べて書く日記


目次
誰も知らない落合信彦
●落合信彦 ブックス資料室
●奥菜秀次ブックス資料室
●あめりか冒険留学
●禁断のデビュー作
●落合信彦の消えた履歴書
●ぼく、ノビです
●忘却のかなた
●英会話睡眠学習
●封印された過去
●奥菜秀次氏への伝言
●奥菜秀次氏からの返信
●落合信彦・最後の真実
●落合信彦・破局への道
●ポストスクリプト2005
●落合信彦に全てを捧げた男
●捏造−ジャーナリスト落合信彦・増補新版
●あめりか冒険留学ふたたび
●勝ち組クラブ(The Winners'Club)
●落合・奥菜関連グッズ
●隠し通したかった本
●見えない政府
●日本人のメンタリティ
●ジャーナリストとしての姿勢
●人は我をCIAと呼ぶね 前編
●人は我をCIAと呼ぶね 後編
●ノビーは、あるぜんちな丸で海を渡った。前編
●ノビーは、あるぜんちな丸で海を渡った。後編
●国際ジャーナリストの情報分析
●捏造か真実か
●奪われし者たち
●消された勇者たち
●落合信彦と朝鮮
●差別に必要なもの、それは区別
●失うものといえば命ぐらいしかない
●騙し人
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●捏造、即、削除、南京大虐殺生き証人
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●危ないジャーナリズム
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