第37話 】 【 教科書から消えた戦争 】

秋田放送の自主制作番組「教科書から消えた戦争」というドキュメンタリー番組が放送された。
2006年4月30日(日)PM2:30〜【ABSテレビ】放送 ABSスペシャル「教科書から消えた戦争」 2005年8月27日(午後1時55分〜2時25分)に放映されたものの再放送。

主人公は、金貞善。
韓国から秋田大学社会科教育研究室に留学している26歳の女性。

彼女は語る
「むかしのことを全部忘れてください。という言葉には抵抗がある。歴史を深く勉強して韓国人を理解して欲しい。」と。また、「親日派とは思われたくない。親日派と同じように扱われるのも嫌。」

彼女のいうことが、理解できないでもない。

明らかに、法の不遡及(実行時に適法であった行為を事後に定めた罰則により遡って処罰すること、ないし、実行時よりも後に定められたより厳しい罰に処すことを禁止した、近代刑法における原則。)に違反している、 親日真相究明法(日帝強制占領下反民族行為の真相糾明に関する特別法)、 親日反民族行為者財産帰属特別法 などという法律が、堂々と国会で承認されるような国から来ているのだ。

また、「韓国においてチニルパ(親日派)とされることは社会的に抹殺されることを意味する」ともある。こうなると、「親日派」などとは口が裂けても言える状態ではない。

親日真相究明法、親日反民族行為者財産帰属特別法、この2つを分かりやすく説明すると、こうだ。

「あんたのジイサンは、日帝支配下時代に、日帝に協力して朝鮮に悪い事した国賊だ。 だから、あんたが今、持っている土地や財産は、お上が没収する。」完全なる事後法である。

韓国の法曹界では、近代刑法における原則が、機能していないようだ・・・と思ったのだが、なんと、この法案を推し進めてきたのは、整形美男子?で有名な人権派弁護士出身の現大統領でした。

人権擁護派?

ハア〜?

た・だ・し・日本軍経歴のある故朴正煕元大統領や、同氏長女の朴槿恵議員への配慮などから「中佐以上の旧日本軍人出身」と修正された。と人権派らしい、まことに細やかな心配りもなされている見事なまでのザル法でもある。

「悪法も、法なり」ソクラテスの言葉より

パク,チョンヒ 朴 正煕
1917(大正6)年9月30日生
1979(昭和54)年10月26日没
慶尚北道亀尾出身
韓国の軍人 政治家
1937(昭和12)年 大邱師範学校卒 小学校教師となる
1942(昭和17)年 満州・新京軍官学校首席卒業
「高木正雄」少尉として日本の陸軍士官学校に派遣留学
1944(昭和19)年 日本陸軍士官学校を卒業(卒業成績3番)関東軍に編入
1945(昭和20)年8月 北京郊外の駐屯地で終戦を迎える
終戦時、満州軍歩兵第八団の団長副官 満州国陸軍中尉(*のち大尉*)
1946(昭和21)年5月 韓国に帰還
1946(昭和21)年 韓国警備士官学校(2期)卒
韓国陸軍情報局第一課長
第五師団長
1953(昭和28)年 少将
1957(昭和32)年 韓国陸軍大学校卒
1961(昭和36)年5月16日 第2軍副司令官としてクーデタを指導
国家再建最高会議副議長
7月 国家再建最高会議議長
11月 大将に昇進
1962(昭和37)年3月22日 尹大統領辞任
 大統領権限代行
1963(昭和38)年 予備役編入
1963(昭和38)年 民主共和党総裁
 12月17日〜1979(昭和54)年10月26日 大統領
セマウル運動を推進
1965(昭和40)年 日韓条約締結
1972(昭和47)年 南北共同声明
1972(昭和47)年10月17日 維新革命
1974(昭和49)年8月15日 文世光事件
 暗殺未遂
 陸英修夫人を失う
1979(昭和54)年10月26日 10・26事件
 ソウルのKCIA幹部食堂で金戴圭(金載圭)KCIA(韓国中央情報部)部長により射殺される

著作「指導者の道」「わが民族の進む道」「国家と革命と私」

Pak Jung-heui / Jeong-heui


朴槿恵
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

朴 槿恵(パク・クネ、1952年2月2日 - )は、大韓民国の政治家。保守派野党ハンナラ党代表。

韓国の第5代〜第9代大統領・朴正煕の長女。
1974年8月15日に文世光事件で母親の陸英修が暗殺されたため、急遽留学先のフランスから帰国し、1979年に父親が暗殺されるまでファースト・レディー役を務めた。
1998年に大邱広域市達城郡の補欠選挙に立候補、当選し政界入りした。
2004年3月23日、ハンナラ党の代表に就任した。韓国の女性党首は39年ぶり。
2004年4月の総選挙でも達城郡の選挙区から当選している。
この選挙では、大統領弾劾を可決したハンナラ党は惨敗が予想されたが、朴槿恵代表の知名度と人気で小幅の後退にくいとめ、ハンナラ党の「ジャンヌ・ダルク」と呼ばれる。
また、2007年の韓国次期大統領選の有力候補の一人に挙げられている。未婚。

しかし、この2法によって、洪思翊陸軍中将、金錫源陸軍大佐など、本来、朝鮮人の英雄たるべき人物は国賊扱いとなっている。ちなみに、韓国の英雄は、北朝鮮ですら「テロリストである」と認めている安重根であることを付け加えておく。

話を今回の主人公、金貞善に戻すと、彼女の研究テーマは「日本と韓国の歴史教育の研究」

文頭の彼女の言葉、
「むかしのことを全部忘れてください。という言葉には抵抗がある。歴史を深く勉強して韓国人を理解して欲しい。」と言われてもなぁ・・・。

歴史から韓国人を理解するのは、不可能じゃないのかと思うんだが・・・・。
彼女は知っているのだろうか、大朝鮮帝国史 という歴史書のことを。

次の目次を見て頂きたい。

第1巻
* 我が民族が住む全世界を朝鮮(チュシン)という。

* 我が民族はパミール高原に源を発して、バイカル湖を経て不咸山に移動、定着した。
不咸山に到着した我々の先祖はそこを中心に集団定着、文化を発達させ、紀元前6000年頃には紅山文明を、続いて黄河文明を起こした。
* 我々の先祖は既に紀元前3898年に倍達国を建て、農耕民族である中華族を制圧し、大帝国を建設していた。

参考サイト:パミール高原の大氷河:フェドチェンコ氷河

これはSFなどではない。本来であれば、妄想非科学物語あるいは、ローイングプレイゲームの1つといっても、おかしくないものなのだが、なんと、これは韓国陸軍の「民族史教育」の教材でもある。

つまり韓国という国家が認めたれっきとした歴史書なのだ。
日本の・・世界中のか・・・常識とは、かなりの隔たりを感じる。なんてもんじゃないな、こりゃぁ。

それでは、なぜこのような妄想非科学物語が通じるのかというと、朝鮮には自国で書かれた歴史的資料が殆ど残っていないことが上げられる。

すべて宗主国、中国にお伺いを立てなければ、物事が決められない千年属国としての宿命だったのかもしれないが・・・・、

それにしても、、黄河文明を起こしたのは、朝鮮民族だなんていったら、旧宗主国が黙っているのだろうかと心配になるほどの、ぶっ飛びようである。(ところで、紅山文明って、なに?)

しかし、歴史(Kの国以外の世界史)から見ると、かつての朝鮮は中国にとっては、自国内のひとつの地域でしかなかったことが証明されている。つまり、朝鮮は国家としては認められてはいなかった。

国として認められていない以上、国史は存在しない。当たり前のことだわな。

しかし、このことは後の為政者にとって、まことに好ましい状況といえた。
たとえ、それがどんな荒唐無稽な物語であろうと、それを裏付ける資料がないのだから、自分勝手に歴史を作り上げることが出来るのだ。

紀元前3898年などと平気で書くことができるのは、そんな背景がある。そんな国で歴史教育を受けてきた彼女から、歴史を深く勉強して・・・

いうまでもないことだが、韓国における歴史教科書は国定教科書一冊のみである。それも著者名も載せていないという代物。

ちなみに、世界四大文明(今は、この言い方自体が陳腐なものとなっているようだが・・、わたしゃ、こう習いました。日本の歴史教科書で・・・)
を歴史年表(?)で見てみると、


インダス文明が栄えたのは紀元前2600年から紀元前1800年の間である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


メソポタミア:紀元前3100年頃に南部でシュメール人の都市国家が発達しはじめる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

それでは、朝鮮民族が起こしたという(オイオイ)、肝心の黄河文明であるが・・・

黄河文明:仰韶文化 (紀元前4800?〜紀元前2500?)

1921年、河南省仰韶村で発見された彩陶(赤地に彩色した土器)を特色とする文化。

[編集] 前期 (紀元前4800年ころ)は紅陶が主流で、代表遺跡は陝西省西安市半坡、仰韶半坡類型文化と称されている。

母系制で、農村の階層化がみられる。

前4000年頃にろくろの使用が見られる仰韶廟底溝類型文化が現れた。

[編集] 後期 (紀元前3500年以降)は、半坡後期類型・西王村類型・大司空類型・秦王塞類型の四種の文化に大別され、このころには貧富の差がみられ、社会の分業・階層化が進んだ。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

いずれの文明も、年代的にも、資料的にも大雑把過ぎるところに、つけいる隙があったということか。

紀元前3898年

「ハァ?」

である。

もっとも、「* 我が民族が住む全世界を朝鮮(チュシン)という。」
と、のっけから、

「ハァ?」

ではあるのだが。

とは言え、BC2333 檀君王倹 朝鮮を建国(高麗時代の神話)
参考サイト:朝鮮史年表歴史の始まり・・・檀君神話・古朝鮮

紀元前2333年、この時代は・・・・
などと、歴史と付き合わせていくとキリがないので止めておく。

* 建 国 日 : 紀元前 2333年 10月 3日 韓国貿易センター

とにかく、なんでもかんでも、ただ歴史が古けりゃいいってもんでもないと思うんだが・・・

また、よくいわれることに、中国の文化や技術は、朝鮮半島を渡って伝えられたというものがある。それを拠り所として、朝鮮は兄の国であり、日本は弟の国であると、kの国では思っているらしい。

また日本でも、多くの人が、それを信じている。確かに、地理的に見ると朝鮮半島を渡って、先進技術なり分化が伝わって来たと思われがちだが、朝鮮半島を渡ってきたものあった、というだけに過ぎない。

例えば、叙福であるが、伝説の人物とされてきたが実在していたことが証明された。
徐福伝説と稲の道
彼が日本にやってきたのは陸路で朝鮮半島からきたわけではない。
海路である。 鑑真もまた、海路である。

彼の徳望を惜しむ皇帝の反対,暴風・盗賊などの難にあい5度にわたり失敗し,ついに潮風に侵されて失明した。第6回目は密かに遣唐使の船に便乗し,753年(天平勝宝5)12月,発意してより11年目にして九州に到着した。

すべてが自然災害ではないのだが、鑑真にしてみたら5回もの失敗にも関わらず、陸路を選ぶという選択肢はなかったようだ。

かつて、本田宗一郎が「世界一周をするとなると、最も安全なのが飛行機、次が車、その次が船、そして最も危険なのが徒歩」というような趣旨の発言を読んだ記憶がある。

これは距離とスピードとの関係を安全度ということで言い表したものだが、距離が長くなればなるほど、徒歩が最も危険な事は、今も昔も変わりはない。

海路がある以上、危険極まりない徒歩で朝鮮半島を渡り、日本に来る必要もない。また、もともと日本と中国との間には交易があった。すべてが朝鮮経由だったわけではない。

「教科書から消えた戦争」の中でも述べられているのだが、
「今から1,000年前、多くの人が能代に渡来してきたという記録がある。」

これは、もちろん、九州から歩いて、秋田まで・・・なわけはない。
海路である。

日本と朝鮮の関係で、朝鮮をストローと揶揄している人もいるようだが、(通り抜けるだけで、別に味に影響があるわけないって意味らしい)わたしゃ、そこまではいいませんが・・
(言い得て妙ですな。)

つまり朝鮮が兄の国であり、日本が弟の国というのは、単なるなる思い込みにしか過ぎない。

またまた、Kの国では、こんなことを言い出しているようだ。
囲碁の発祥地は韓国、陳泰夏・仁済大教授が主張

所詮、これは言葉遊び。

日本語の〇〇と外国の〇〇とは言葉が似ているから、起源がどうたらこうたらと、いうやつと同じ。
言語学からいうと、文法が一致して初めて、起源うんぬんの話になるらしい。

単語ひとつ、ふたつをとりあげて、それをとやかくいうのは、超が付くほどの、ド素人。
これは世界の常識。

韓国の大学教授のレベルって、この程度のものかいね。


目次
誰も知らない落合信彦
●落合信彦 ブックス資料室
●奥菜秀次ブックス資料室
●あめりか冒険留学
●禁断のデビュー作
●落合信彦の消えた履歴書
●ぼく、ノビです
●忘却のかなた
●英会話睡眠学習
●封印された過去
●奥菜秀次氏への伝言
●奥菜秀次氏からの返信
●落合信彦・最後の真実
●落合信彦・破局への道
●ポストスクリプト2005
●落合信彦に全てを捧げた男
●捏造−ジャーナリスト落合信彦・増補新版
●あめりか冒険留学ふたたび
●勝ち組クラブ(The Winners'Club)
●落合・奥菜関連グッズ
●隠し通したかった本
●見えない政府
●日本人のメンタリティ
●ジャーナリストとしての姿勢
●人は我をCIAと呼ぶね 前編
●人は我をCIAと呼ぶね 後編
●ノビーは、あるぜんちな丸で海を渡った。前編
●ノビーは、あるぜんちな丸で海を渡った。後編
●国際ジャーナリストの情報分析
●捏造か真実か
●奪われし者たち
●消された勇者たち
●落合信彦と朝鮮
●差別に必要なもの、それは区別
●失うものといえば命ぐらいしかない
●騙し人
●虎を鎖でつなげ
●捏造、即、削除、南京大虐殺生き証人
●捏造する人々
●教科書から消えた戦争
●危ないジャーナリズム
●若き日の落合信彦
●マイ食器という考え方
●村山富市は何を成し、何を成さなかったか?
●安倍知子 国土保安隊
●山内惠子 気楽な稼業ときたもんだ!
●金子安次 腐れ外道の鬼畜帝国軍人
●捏造作家 吉田清治という男
●親日真相究明法と親日人名辞典
●朝鮮を知るための参考リンク集

捏造ジャーナリスト
落合信彦 増補新版

著者:奥菜秀次
出版社:鹿砦社
増補章
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