第28話】 【 奪われし者たち 】

慰安婦問題の、というか反日、教科書問題の一番の根っこにあるもの、

「日帝」の「七奪(国王、主権、土地、資源、国語、人命、姓名を奪ったこと)」の先頭に立ったと批判され、また、朝鮮近現代史研究といえば韓国、朝鮮人がその「日帝」といかに英雄的な戦いをしてきたか、という叙述ばかりとなっている。さらに、朝鮮総督府は、評価すべきものは一つもなく、「搾取」「迫害」「抑圧」「弾圧」「虐殺」だけを行なったという批判もある。
植民地統治の検証 3 

つまり日帝時代のものは、すべて悪であり、合併前の李氏朝鮮時代の方が、はるかに良かったということなのだろう。
悪逆非道?の日帝時代の歴史年表から。

1910  韓国併合、総督府設置、土地調査事業はじまる(〜18)
1912  清朝滅亡し中華民国成立
1914  第一次世界大戦勃発
1918  日本で米騒動、ウィルソン民族自決を提唱
1919  三・一事件、文化政治開始
1920  産米増殖計画はじまる
1923  関東大震災で朝鮮人殺される
1929  世界恐慌はじまる
1931  満州事変勃発
1932  満州国建国
1933  農村振興運動はじまる
1937  盧溝橋事件
1938  陸軍特別志願兵制度実施
1939  日本企業による労働者募集はじまる
 第二次世界大戦はじまる
1940  創氏改名実施
1941  真珠湾を攻撃、日米開戦
1942  官斡旋による労働者募集
1944  国民徴用令を朝鮮に適用
1945  日本敗戦で朝鮮解放

ちなみに朝鮮の建国日は、          紀元前 2333年 10月 3日
紀元前2333年10月3日です。         ↑クリック。

では日帝の所業?と、
朝鮮人が民族の誇りとする李氏朝鮮時代の懐かしの写真。

日韓併合前後 朝鮮半島写真館 http://photo.jijisama.org/index.html
1880年代のSeoul 南大門大通り(中心街)   2枚










そして、日帝の侵略(?)後





戦前日本外地画像資料http://page.freett.com/heijyo/index.html

京城中心街


日韓併合前後 朝鮮半島写真館 http://photo.jijisama.org/index.html

ソウルの繁華街、本町2丁目の商店街。
東京の銀座に相当する街筋は、街灯が消える夜半まで人通りが絶えなかった。


確かに、李氏朝鮮時代の面影など微塵も感じられない。

うーん、確かに日帝の所業は、ひどい・・?。






日韓併合前後 朝鮮半島写真館 http://photo.jijisama.org/index.html
1897年のSeoul 南大門大通り

通りに面した藁葺きの建物は、商店

日韓併合前後 朝鮮半島写真館 http://photo.jijisama.org/index.html

1900年のSeoul 南大門大通り









そして、日帝の侵略(?)後






日韓併合前後 朝鮮半島写真館 http://photo.jijisama.org/index.html

参考サイト戦前日本外地画像資料

これもまた、あまりの様変わり。
日帝、許すまじ?

参考文献
朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期
英人女性旅行家イザベラ・バードが描く19世紀末の朝鮮の素顔

英国人女性旅行家イザベラ・バードが朝鮮を訪れたのは、一八九四年、六二歳の時のことである。
以降三年余、バードは四度にわたり朝鮮各地を旅した。
折りしも朝鮮内外には、日清戦争、東学党の反乱、閔妃暗殺等の歴史的事件が続発する。
国際情勢に翻弄される李朝末期の不穏な政情や、開国間もない朝鮮に色濃く残る伝統的風土・民俗・文化等々、バードの眼に映った朝鮮の素顔を忠実に伝える名紀行。

【イザベラ・バード(イザベラ・ビショップ】 Isabella L. Bird(Isabella L. Bishop)1831?1904イギリスの女流旅行家。イギリス王立地理学会特別会員。1879年、結婚によりビショップと改姓。世界の広範な地域を旅行し、その旅行記はどれも高い評価を得ている。『日本奥地紀行』をはじめ著書多数。



イザベラ・バード(林尚得訳)『朝鮮奥地紀行』平凡社, 1993年.

私は北京を見るまではソウルを地球上でもっとも不潔な都市、また紹興[中国浙江省北部の県]の悪臭に出会うまではもっとも悪臭のひどい都市と考えていた!

大都市、首都にしてはそのみすぼらしさは名状できない程ひどいものである。礼儀作法のために、二階家の建造が禁じられている。

その結果、二十五万人と見積もられている人びとが「地べた」、主として迷路のような路地で暮らしている。その路地の多くは、荷を積んだ二頭の雄牛が通れないほど狭い。実にやっと人ひとりが、荷を積んだ雄牛一頭を通せる広さしか無い。

さらに立ち並んでいるひどくむさくるしい家々や、その家が出す固体や液状の廃物を受け入れる緑色のぬるぬるしたどぶと、そしてその汚れた臭い縁によって一層狭められている。(1巻, p71-72)

これでも、宗主国中国には、かなわないのか。

イザベラ・バード(林尚得訳)『朝鮮奥地紀行』平凡社, 1993年.

それにも拘わらず、ソウルには美術の対象になるものが何も無く、古代の遺物ははなはだ少ない。

公衆用の庭園も無く、行幸の稀有な一件を除けば見せものも無い。劇場も無い。ソウルは他国の都市が持っている魅力をまるで欠いている。

ソウルには古い時代の廃墟も無く、図書館も無く、文学も無い。

しまいには、他には見出せないほどの宗教に対する無関心から、ソウルは寺院無しの状態で放置されている。

一方、未だに支配力を維持しているある種の迷信のために、ソウルには墓がないままにされている!(1巻、p106-107)


日韓併合前後 朝鮮半島写真館 http://photo.jijisama.org/index.html

日帝の七奪以前の朝鮮・・・・か。


朝鮮時代、全権大使としてアメリカに渡った李成玉が各民族に接してみると、朝鮮人は米国人に軽蔑されているインディアンより劣り、その他メキシコ、インドなどの民族より劣っていることを知り、衝撃を受け、次のように述べている。

「現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、とても独立国家としての体面をもつことはできない。亡国は必死である。

亡国を救う道は併合しかない。そして併合相手は日本しかない。

欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、日本は違う。

日本は日本流の道徳を振り回して小言を言うのは気に入らないが、これは朝鮮人を同類視しているからである。

そして、日本人は朝鮮人を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。

それ以外に我が朝鮮民族が豚の境涯から脱して、人間としての幸福が受けられる道はない。

日韓併合が問題になるのは、変な話だ。

朝鮮全権大使 李成玉 「李完用侯の心事と日韓和合」


目次
誰も知らない落合信彦
●落合信彦 ブックス資料室
●奥菜秀次ブックス資料室
●あめりか冒険留学
●禁断のデビュー作
●落合信彦の消えた履歴書
●ぼく、ノビです
●忘却のかなた
●英会話睡眠学習
●封印された過去
●奥菜秀次氏への伝言
●奥菜秀次氏からの返信
●落合信彦・最後の真実
●落合信彦・破局への道
●ポストスクリプト2005
●落合信彦に全てを捧げた男
●捏造−ジャーナリスト落合信彦・増補新版
●あめりか冒険留学ふたたび
●勝ち組クラブ(The Winners'Club)
●落合・奥菜関連グッズ
●隠し通したかった本
●見えない政府
●日本人のメンタリティ
●ジャーナリストとしての姿勢
●人は我をCIAと呼ぶね 前編
●人は我をCIAと呼ぶね 後編
●ノビーは、あるぜんちな丸で海を渡った。前編
●ノビーは、あるぜんちな丸で海を渡った。後編
●国際ジャーナリストの情報分析
●捏造か真実か
●奪われし者たち
●消された勇者たち
●落合信彦と朝鮮
●差別に必要なもの、それは区別
●失うものといえば命ぐらいしかない
●騙し人
●虎を鎖でつなげ
●捏造、即、削除、南京大虐殺生き証人
●捏造する人々
●教科書から消えた戦争
●危ないジャーナリズム
●若き日の落合信彦
●マイ食器という考え方
●村山富市は何を成し、何を成さなかったか?
●安倍知子 国土保安隊
●山内惠子 気楽な稼業ときたもんだ!
●金子安次 腐れ外道の鬼畜帝国軍人
●捏造作家 吉田清治という男
●親日真相究明法と親日人名辞典
●朝鮮を知るための参考リンク集

捏造ジャーナリスト
落合信彦 増補新版

著者:奥菜秀次
出版社:鹿砦社
増補章
ポストスクリプト2005

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