第27話】 【 捏造か真実か 】

Amazon落合信彦 破局への道 のカスタマレビューに

内容はともかく, 2004/05/18
レビュアー: naharriyya (プロフィールを見る)   京都市
私は一応落合ファンだが落合氏に対して最近残念に思う点がある。それは最近海外取材をベースにした本がないこと。以前は海外取材をベースにした大変面白い本が多かったがこのごろは最近の「グローバル・インテリジェンス・ファイル」を除いて、いわゆる「生き方論」の本が多い。その「生き方論」の本は面白くないわけではないが基本的にいつも同じことが書いているのでいささか「たまにはもうちょっと違うことを書いてよ」と思っている。とにかく海外取材をベースにした本がないことは私にとっては非常に残念だ。早く昔のように海外取材をバースにした本を書いてほしいと思っている。

それから小林よしのり氏に対する見方である。落合氏が小林氏を軽蔑していることを知ってかなり残念である。私は小林氏の最近の「反米」は賛同できないがやはり小林氏の太平洋戦争に対する見方は結構共感を覚える。もちろん私は従軍慰安婦や南京大虐殺は信じていない。落合氏はこれらを信じておられることは前から知っていたが、だからといって同じSAPIOの小林氏を軽蔑するのはいかがなものかと思う。はやく「従軍慰安婦や南京大虐殺」といった売国サヨクの作ったデッチアゲから目覚めることを落合氏に期待したい。ファンとして私はそう思う。

私はこの本の内容は信じていないが奥菜氏が集めたこの量には脱帽してしまう。執念だろうか?執念がないとこんなに書けないよね。

奥菜秀次が、これほどの資料を集めて、落合信彦の嘘や捏造を暴いているにも関わらず、それでも落合信彦を信じる熱烈なファンの方ですら、『従軍慰安婦や南京大虐殺」といった売国サヨクの作ったデッチアゲから目覚めることを落合氏に期待したい。ファンとして私はそう思う。』と書いている。

naharriyya さん、落合氏の海外取材は、出版社の後ろ盾なしでは出来ないんですよ。これからも無理だと思います。早く落合信彦氏の呪縛から逃れることを期待します。

話代わりますけど私小林よしのりの漫画は全く読んでいません。小林よしのりといったら「少年ジャンプ」で「東大一直線」を連載していたとき、こんな幼稚園児並みの下手な絵を書いても漫画家になれるんだ。という記憶しかありません。

よってゴーマニズム宣言読んだことありません。これホント。

まずは「慰安婦」の証言を上げてみたい。

イ・ヨンス
李容珠
(Yi Yong-Su)
1928年韓国の大邱(テグ)生まれ。1944年、16歳の時に「軍服みたいな服を着た男」に連行され、台湾へ。移動中の船の中で、日本の兵隊たちに繰り返し強かんされる。

その後、連れて行かれた先の台湾で、日本軍「慰安婦」としての生活を3年間強制された。「慰安所」では1日に何人もの兵士の相手をさせられ、抵抗すると電線のようなもので電流を流されたり、丸太で叩かれたりの暴行を受けた。「解放」(日本の敗戦)後、しばらくしてから韓国に戻る。

「軍服みたいな服」を着た男に連行された。といっているが、この時代、軍服かどうかの見分けつかないということはありえない。軍の関係者以外の人間に連れて行かれたということなのだろう。

それと1944年から3年間、日本軍「慰安婦」としての生活を強制された。とあるが、1945年8月15日の敗戦によって大日本帝国軍は消滅している。その後の1年半、李容珠は誰を相手にしていたというのだろうか。

全世界に従軍慰安婦の実像を暴露したチョン・ソウン氏死去

13歳のとき、インドネシアに連れて行かされ、7年間にわたって日本軍の従軍慰安婦として生きなければならなかった「挺身隊おばあさん」チョン・ソウン氏が、26日未明、慶尚南道鎮海(キョンサンナムド・チンヘ)の自宅で老患で亡くなった。80歳。

チョン氏は、1995年9月、中国で開かれた北京女性大会に、韓国代表として堂々と出席、全世界に向かって、日本軍の蛮行を知らせた人物だ。

チョン氏は、当時「日本の軍医官から不妊手術を受けており、金の代わりに軍票を受けた。1日平均50人ずつ、週末には100人の軍人と性関係を持たなければならなかった」と証言、国際社会に衝撃を与えた。喪家は、鎮海第一病院に設けられた。

イム・ジャンヒョック記者

2004.02.26 18:56:42

この記事に対する書き込み

ytkg さん
2005-07-23 11:16:12
1日100人とするとなると24時間全然寝ないで1時間に5人とする。
一寸不可能な数字だが。彼女は1日5人とオランダ兵の相手をしたのだ。
何故、日本に文句を言うのだろう。オランダに言うべきなのに。

Japan_owns_all さん
2005-06-16 08:38:59
2004 年死亡−80歳=1924年生まれ。1937年=13歳。
日本軍によるオランダ領インドネシア侵攻開始=1942年2月。・・・・・・1937年〜1942年までの約5年もの間、日本軍のいないオランダ領インドネシアで、この婆さん(当時13〜18歳)は何してたの?
オランダ相手に一人でゲリラとして戦ってましたか?
・・・5年も一人で生き延びられるなんて最強の戦士ですね。ランボーも真っ青です。

マグ さん
2005-06-14 22:41:36
朝鮮半島におけるキーセンの未成年売春を禁止したのは日帝。
それまで未開な朝鮮半島では少女売春は当然のように行われていた。

kouga さん
2005-06-07 01:45:45
都合の悪い部分が削除されているようなので発言とともに捕捉しておきます。
『彼女の発言と記事の矛盾』。
2004年80歳で死亡=彼女は1924年産まれである。
○日本軍がインドネシアを占領していたのは、1942年〜1945年までの3年間。
○1942年以前のインドネシアは、”オランダの植民地”でした。
時間から計算しても、1日100人を相手に出来る訳がありません。
オランダ領での売春までは知りませんが、当時の日本でも未成年の売春は禁止されています。
このような信憑性の無い証言を世界に広められた日本に謝罪と賠償してください。

中央日報

もう一丁。証言がくるくる変わる慰安婦の話。リンク先↓
ある従軍慰安婦の偽証ー黄錦周の証言

1943年7月現在の日本陸軍の階級別年俸である。

大将 6600円 年俸
中将 5800円  
少将 5000円  
大佐 4440−3720円  
中佐 3720−2640円  
少佐 2640−2040円  
大尉 1860−1470円  
中尉 1130−1020円  
少尉 850円  
准尉 75−32円 月給
曹長 30−23円  
軍曹 20円  
伍長 13.5円  
10.5−6円

彼女らの収入について、元海軍中佐杉浦実は彼女らの前借金が4千円から
5千円であったと言っています。そして彼女らはこの前借金を3ヶ月から半年で返し、 平均的な貯蓄額は5−6千円から1万円持っていたと言っています。
その中には3万円も持っている人も居て、皆驚いていました。アメリカの反撃が予想以上に早く、 彼女らの中には爆撃で死んだ人も居ました。又前借金の返済が終わったにもかかわらず、 船がなくて帰ることが出来ず、前線で亡くなった人も居ます。終戦と共に彼女らの大半は日本に帰りました。
歴史論争最前線 従軍慰安婦についてから

現在の貨幣価値に直すと・・・・
これが何を基準にしていいのか迷うところではあるが、当時の10円が現在の1万円に相当するという話もあることからして、安く見積もっても、彼女達の前借金が400万〜500万円といったところか。貯金が3000万円ねぇ・・・・ふーっ。
それにしては、兵士の月給が食う寝る所に住む所付きで1万円ぐらいというのは、安すぎるよなぁ。見積もり間違えたかな?

■日本の毎日新聞 1992.5.22
慰安婦の文玉珠(68)が「預金した貯金を返せ!」と日本の郵便局に訴える。

原簿を調べると12回の貯金の記録があった。

貯金の金額は「26145円」だった。

※アメリカ軍の「慰安婦の月収は1000〜2000円」というレポートと一致している。
※現在の韓国貨幣に変換すると10億won。
※文玉珠(68)は「当時、1000円で故郷の大邱に小さな家を一軒建てられた」と言っている。
※26145円あれば、朝鮮に家を26軒は建てる事が出来ました。

文玉珠(68)が2年で貯めた金額=10億won

■26145円も貯金した文玉珠(68)の慰安婦時代の手記。
中国系マーケットに行って買物した。
鰐皮のハンドバッグと靴を私の為に買った。
母の為にもプレゼントを買った。
将校さん達に連れられてジープに乗って、ぺグーの仏像を見に行った。
YAMADA ICHIRO(日本兵の恋人)と大邱の母の無事を祈って帰ってきた。

米軍がレポートする慰安婦の実態

サンフランシスコ「慰安婦」抗議行動報告 日本政府に対し、日本軍性奴隷制度に対する真実の追究、公式謝罪・補償を求める熱い思いが見事に集約され、時間とともに人々の数は増え続けた。

日本軍性奴隷が、たった2年間で2600万円以上の貯金ですか。
だったら、この金は・・・
ふーっ。

■1944年、3人の朝鮮人の日本兵から聴取した記録(USA公式文書)
「朝鮮人慰安婦は、全て志願者か、両親が売った者だ」
「強制連行は不可能」
「もし朝鮮女を強制連行すれば、朝鮮人は激怒して決起し、日本人を殺す」
Composite Report on three Korean Navy Civilians List No. 78,dated 28 March 1945,"Special Questions on Koreans"(U.S.National Archives)

■戦時中あるいは終戦直後、北ビルマのミチナ慰安所で収容された慰安婦から聴取したアメリカ軍の記録。
※単純に言えば「300〜1000円で親に売られた」という事。
※また親と相談・合意・承諾の上、慰安婦になった。
※ブローカー、経営者も朝鮮人。

そして、ここが重要。

当時の朝鮮総督、日本軍は、
「違法な慰安婦の募集が行なわれているから検挙しろ」
と厳しく命令した。

要するに、自分の意志で慰安婦になった。即ち売春婦だ。

慰安婦の月収は1000〜2000円。
日本兵の月給は15円〜25円

慰安婦は、個室のある二階建ての大きな家に宿泊して、「仕事」をした。
慰安婦の生活は、非常に贅沢だった。

慰安婦は接客を断る権利を認められていた。
借金を返した慰安婦は、朝鮮に帰った。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog106.html

朝鮮総督、日本軍の出した
『軍慰安所従業婦等募集に関する件』の写真は↓
慰安婦のための反日から反日のための慰安婦へ

こんな話もあることを書き添えておこう。

■台湾人慰安婦

パート3・191 :文責:名無しさん :02/04/02 00:56 ID:9SY7jK35

引き揚げ者の中には、海南島から日本兵と共に引き揚げてきた二十名ほどの台湾人 慰安婦の姿もあった。
彼女達は我々と同じキャンプに収容されて台湾への帰国を待っていた。
彼女らは口々に、「海南島は儲かるし、それよりも兵隊さんが喜んでくれたんです」 と語っていた。
そうした生の声には、日本で騒がれるような強制連行の(悲劇)などは存在しなかっ たことを、私のこの耳がしっかり聞いている。

(略)1999年、8月号の「正論」に掲載された許文龍氏(実業家であり、李登輝総統 の国策顧問)の記事も、まさしくそんな氏の客観的な歴史観と実行力の賜物だった と言っていいだろう。
日本でくすぶり続ける慰安婦の「強制連行」なる問題に首を傾げた許氏は、戦時中 に慰安婦だった女性を集めてその事実を明らかにしたのである。
もちろん結果は、日本の一部のマスコミや学識者がヒステリックに訴えるような 「強制連行」なる事実は存在しなかった。

「台湾人と日本精神」蔡焜燦著より
http://mikomo.hp.infoseek.co.jp/w-f2.htm

書くまでもないことだが、この当時売春は違法ではない。といったところで従軍慰安婦問題を、おさらいするとこんな具合になる

「従軍慰安婦」(1973年)千田夏光著 刊行
「続・従軍慰安婦」(1974年)千田夏光著 刊行

■「済州新聞」1989.8.14
日帝時代、済州島の女性を慰安婦として205人、 徴用していたとの記録が刊行された。
YOSHIDA SEIJIが書いた小説が発端となり、「慰安婦騒動」が始まった。

しかし、慰安婦騒動には、非常に多くの問題がある。

1.島民の証言が無い。

2.本に記述されている地域で、慰安婦狩りを証言する人はいない。

3.島民たちは、この小説を読み「あほらしい嘘だ」と言っていた。

城山浦のチョン・オクタン(85歳の女性)の証言。
「250軒の村で、15人も徴用すれば大きな事件だ」
「しかし、そんな事件はなかった」

歴史研究家、金奉玉の証言。
「調査をした結果、判明した。慰安婦問題は嘘だ」
「この本は、日本人の悪徳を示す軽薄な商魂の産物だ」

最初、YOSHIDA SEIJIは「妻の日記が証拠だ!」と言った。
しかし!YOSHIDAは独身だった!

そして、YOSHIDA SEIJIは「この本は全て嘘でした」と認めた。
ヨシダこいつ!!!!!!!!!!!!!!!!!1

あほらしい小説を信じた、日本の主婦が韓国に行って、宣伝した。
これが「慰安婦騒動」の始まり。
慰安婦のための反日から反日のための慰安婦へ

この日本の主婦というのは、大分市の主婦青柳敦子さん。
http://64.233.179.104/search?q=cache:XRnugUdr_zwJ:kamomiya.zive.net/
%255CSouko%255CC01%255CAoyagi%255CObasan.htm+%E9%9D%92%E6%9F%B3%
E6%95%A6%E5%AD%90&hl=ja&lr=lang_ja

秦郁彦氏によると、日本軍占領地の慰安婦数は約2万人で、日本人40%、現地人30%、朝鮮人20%、その他10%です。

ということで朝鮮の話で、このまま走っちゃうよ


目次
誰も知らない落合信彦
●落合信彦 ブックス資料室
●奥菜秀次ブックス資料室
●あめりか冒険留学
●禁断のデビュー作
●落合信彦の消えた履歴書
●ぼく、ノビです
●忘却のかなた
●英会話睡眠学習
●封印された過去
●奥菜秀次氏への伝言
●奥菜秀次氏からの返信
●落合信彦・最後の真実
●落合信彦・破局への道
●ポストスクリプト2005
●落合信彦に全てを捧げた男
●捏造−ジャーナリスト落合信彦・増補新版
●あめりか冒険留学ふたたび
●勝ち組クラブ(The Winners'Club)
●落合・奥菜関連グッズ
●隠し通したかった本
●見えない政府
●日本人のメンタリティ
●ジャーナリストとしての姿勢
●人は我をCIAと呼ぶね 前編
●人は我をCIAと呼ぶね 後編
●ノビーは、あるぜんちな丸で海を渡った。前編
●ノビーは、あるぜんちな丸で海を渡った。後編
●国際ジャーナリストの情報分析
●捏造か真実か
●奪われし者たち
●消された勇者たち
●落合信彦と朝鮮
●差別に必要なもの、それは区別
●失うものといえば命ぐらいしかない
●騙し人
●虎を鎖でつなげ
●捏造、即、削除、南京大虐殺生き証人
●捏造する人々
●教科書から消えた戦争
●危ないジャーナリズム
●若き日の落合信彦
●マイ食器という考え方
●村山富市は何を成し、何を成さなかったか?
●安倍知子 国土保安隊
●山内惠子 気楽な稼業ときたもんだ!
●金子安次 腐れ外道の鬼畜帝国軍人
●捏造作家 吉田清治という男
●親日真相究明法と親日人名辞典
●朝鮮を知るための参考リンク集

捏造ジャーナリスト
落合信彦 増補新版

著者:奥菜秀次
出版社:鹿砦社
増補章
ポストスクリプト2005

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