番外編1】 【ナチスの紋章とヒトラーの女】

(20世紀最後の真実、に寄せて)

鉤十字(かぎじゅうじ)=ハーケンクロイツ、は
ナチス (国民社会主義ドイツ労働者党)の紋章である。
なぜ、ヒトラーが、ハーケンクロイツを採用したのか?
そもそも、鉤十字とは、どういう意味を持っていたのか?


本来、十字は、太陽の象徴であり、火をおこす2本の棒を意味する。
そして、邪悪な物を封印するという意味を持っていた。
「バツ」と手を交差させると、ダメを意味する、アレである。

また、交わるの意味であり性行為をも表す。

十字には、知られているものだけで380種以上あるといわれている。
その中の一つが鉤十字。

鉤十字が最初に発見されたのは、
スペイン、グラナダの アルハンブラ宮殿の廃墟で、ヘルタ・ハインリッヒによってであった。

それは、

鉤十字1
鉤十字2

当時の、急進的精神分析学者、ウイルヘルム・ライヒによると 左が、立ったままの性行為であり、右は、横臥位の姿勢であるという。

かといって、ヒトラーが鉤十字を選んだのは、その意味からではない。
ゲルマン民族が「幸福のシンボル」として、鉤十字を用いていた、ということでであった。ただし、ナチスの鉤十字は、逆卍である。

また、ハーケンクロイツを用いた、ナチスの旗には、赤が多く使われている。 赤色は、血の色であり、反抗精神を表す色でもあり、人間の闘争意欲を刺激する色でもある。

そして、共産主義、社会主義のシンボルカラーでもある。

ヒトラーは、ガチガチの右翼である。
その彼が、何故、左翼の象徴とでもいうべき、赤を使ったのか。

赤は、闘争意欲を喚起する色であり、人を動かす色として意識して使っていたということと、 躍進を続けていた、ドイツ共産党を混乱させるねらいも含んでいた。

その狙いどおり、当時のドイツ国権党は、ヒトラーを仮面を被ったマルキストと 考えていたほどであった。

では赤が、なぜ、革命のシンボルとして定着したのかといえば、
フランス革命(1789〜1799)の期間、1792年、フランス国民議会がパリ市当局に、 「暴動の兆しのある場合、庁舎に赤旗を掲げるように」と通達したことに由来している。 また、この年、処刑道具として、ギロチンが国民議会によって正式に採用されている。

ナチスの旗の色は、 赤、白、黒の3色。これはヒトラーの芸術的センスによるものであったのだろう。 ちなみに、ドイツ軍の軍服は、ヒトラーが決めて(デザインしていた?)という。

ヒトラーは知られているように、画家志望であった。 次にあげるのは、その若き日、その時代の知られざるヒトラーの女の話である。

ヒトラーの女性関係というと、 姪のゲリ・ラウバルと、たった一日の花嫁、エバ・ブラウンのふたりが有名である。
時の最高権力者に上り詰めた男としては、極端に少ない。

ヒトラーは、ベジタリアンでもあった。そのこととも関係があるのかもしれない。

ヒトラーのボディ・ガード兼秘書の、エーリッヒ・レットガーによると、 1913年、オーストリアでの徴兵を忌避してミュンヘンに移ったヒトラーは、 1人の女性と出合った。

エルナ・フークス。

縁の太いメガネを架けた、ブロンドの女性であった。工場の女工であった。 昼休み、工場近くの公園で、1人弁当を食べ鳩にエサをやる、その姿に ヒトラーは、強く惹かれた。

やがて、声を掛け合うようになり、デートを重ねるようになった。 エルナは、ヒトラーと知り合い、見違えるように美しくなっていった。

そのエルナの変化に、職長のハンス・ボーツが食指を動かした。 高級レストランに誘い、妻との不仲を訴え、離婚するから結婚してくれとエルナに せまった。

エルナが選んだのは、貧乏ポスター描きのヒトラーではなく、ハンス・ボーツであった。

ヒトラーは失意の中、1914年6月、第一次世界大戦が始まっるとバイエルン連隊に 志願を申し出た。

1916年10月、ヒトラーはフランス、リールの戦闘で足に負傷をおい、ドイツに送還 される。

ベルリンからミュンヘンへ一時帰還のおり、負傷した足を引きずりながら、あの公園へと 向かった。

そこで、「兵隊さん、遊んでかない」と声をかける女がいた。 ヒトラーが振り向くと、それはエルナであった。

ヒトラーと気付き、逃げ出そうとするエルナの腕を捕まえレストランに連れて行き その後のエルナの話を聞いた。ボーツの囲われ者となり子をなしたが、妻にするどころか たたきだされた。という。

エルナのその顔色や風貌から、性病に冒されているのは一目瞭然であった。

ヒトラーは「何かあったら、いつでも相談にのる」と手帳の1ページを破り、 連隊の所属中隊と兵舎の住所を書いて彼女に渡した。

翌日、ヒトラーは警察に呼び出される。エルナが、あの公園で、首をつったのだ。 彼女のハンドバッグの中に、ヒトラーのメモが残っていたからだった。ヒトラーの証言により、 自殺であると断定された。

それから、10日後、妻子と共に、家で夕食をしていたハンス・ボーツが、何者かによって、 左胸を撃たれて死亡する。そして、拳銃が発射されたと思われるボーツの庭には、 明らかに、軍靴と思われる足跡が残っていた。

警察は、殺されたボーツがエルナと関係があり、そのエルナと親しかったと思われるヒトラーの 仕業ではないのかと疑た。しかし、戦友の証言により、ヒトラーのアリバイが証明され、ボーツ事件は 迷宮入りとなってしまう。

その後、ヒトラーが政権をとると、総統直属の親衛隊がミュンヘン警察のエルナ・フークスと ハンス・ボーツに関する書類を焼き払ったという。

ヒトラーの話は、ベルリン陥落の時点から伝説になった。 その後、何回となく「ヒトラーは生きている。」という話や、ナチスにまつわる噂話が、 まことしやかに伝えられている。

この話も、「ヒトラー伝説」のひとつなのかもしれない。
しかし、南米の某所に、ナチスの残党が治外法権的 コミュニティをつくり、南極からUFOを飛ばす。という話よりは、はるかに面白いと思いません?

出典:(情念の話術:赤塚行雄:青春出版社)


目次
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●禁断のデビュー作
●落合信彦の消えた履歴書
●ぼく、ノビです
●忘却のかなた
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●奥菜秀次氏への伝言
●奥菜秀次氏からの返信
●落合信彦・最後の真実
●落合信彦・破局への道
●ポストスクリプト2005
●落合信彦に全てを捧げた男
●捏造−ジャーナリスト落合信彦・増補新版
●あめりか冒険留学ふたたび
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●落合・奥菜関連グッズ
●隠し通したかった本
●見えない政府
●日本人のメンタリティ
●ジャーナリストとしての姿勢
●人は我をCIAと呼ぶね 前編
●人は我をCIAと呼ぶね 後編
●ノビーは、あるぜんちな丸で海を渡った。前編
●ノビーは、あるぜんちな丸で海を渡った。後編
●国際ジャーナリストの情報分析
●捏造か真実か
●奪われし者たち
●消された勇者たち
●落合信彦と朝鮮
●差別に必要なもの、それは区別
●失うものといえば命ぐらいしかない
●騙し人
●虎を鎖でつなげ
●捏造、即、削除、南京大虐殺生き証人
●捏造する人々
●教科書から消えた戦争
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●若き日の落合信彦
●マイ食器という考え方
●村山富市は何を成し、何を成さなかったか?
●安倍知子 国土保安隊
●山内惠子 気楽な稼業ときたもんだ!
●金子安次 腐れ外道の鬼畜帝国軍人
●捏造作家 吉田清治という男
●親日真相究明法と親日人名辞典
●朝鮮を知るための参考リンク集



捏造ジャーナリスト
落合信彦 増補新版

著者:奥菜秀次
出版社:鹿砦社
増補章
ポストスクリプト2005

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