【 第32話 我らかく戦えり  選挙ポスター編 】

横手市議会選挙。定員34人に対し、立候補者73人。
告示日が10月16日、日曜日。選挙期間は16日〜22日(土曜日)の7日間。投票日は23日(日曜日)

平成17年10月1日、8市町村合併によって、横手市の面積(693.59km2)は、東京23区の面積合計(621.22km2)を上回る大都市となった。面積だけは。

選挙区が広い、あまりにも広い。現在の県会議員の選挙区よりも広いのだ。選挙掲示場の数、340ヶ所。この数を聞いて、誰もがため息をつく。選挙ポスターを貼るのが、大変だ。

この選挙ポスター、裏に糊が付いているものが主流だというんで、サンプルを持ってきてもらうこと。それは、簡単にいうと、シップのようなものだ。裏面に剥離紙がついている。

上部3cmほどだろうか、切れ目が入り、その部分を剥ぎ取って貼り付けると位置決めができる。それから、残った部分の剥離紙を取って、あとは一気に貼り付けるという、なかなかの優れもん。


ポスターが出来上がると、今度は、選挙ポスターを貼るメンバーを決めなければならない。8市町村、1組2人で20人ほどか。支持者、友人、知人に集まってもらい大雑把な振り分けを決めた。あとは、おいおい希望者を割り当てていけばいいだろう。と考えていた。

そんなとき、他の地区の候補者、細木数男氏(仮名)から、自分の選挙ポスター貼りを、お宅で受けもってくれないかという話が来た。変わりに、こちらの選挙ポスターを、そっちで貼るというのだ。
地元だから場所も分かるし、お互いが、その方がメリットが大きいのではないか、と。

ぼくは反対だったんです。選挙ポスターを、貼る人間ぐらいは集められると思ってましたからね。
政治は「まつりごと」ともいう。選挙も祭り。祭りに人が集まらないないようでは、話にならない。

ただし選挙責任者は、相互協力には乗り気でした。当選した後の統一会派を組むこともある、という思惑からだった。なるほど、確かに、そういう考え方もあると思いなおした。候補者も、それでいいんじゃないの、ということだった。

その少しあとで、もう1人からも、相互協力の申し入れがあった。結局、うちの地元担当者は、3枚の選挙ポスターを貼ることになった。そこで、ポスター貼りの要請のあった地区の担当者は、他の地域と地元に回ってもらい、1組3人体制とした。これで、準備は整った。

告示日、つまり選挙戦初日、心配していた天気も曇天ではあったが、今の季節、雨が降らないだけでも、ヨシでしょう。

各候補者の選挙ポスターを貼る掲示番号は、告示日に決まる。
まず、予備抽選を行い、その決まった番号順で本抽選となる。

今までなら、30分から40分で終わっていたのだが、73人となると、時間が掛かることが予想された。そこで、選管に問い合わせると、10時ぐらいには終わりたい、と思っているとの答えだった。選管とて、見当がつかないわな、これは。

告示日当日、思っていたほど時間もかからず、9時過ぎには立候補届けにいった人たちが、選挙の7つ道具と言われるものを持って帰ってきた。

事務所前で、第1声を挙げ、候補者は選挙戦初日の遊説に出かけて行った。
ポスター貼りのメンバーは、遠いところは、担当地域で待機している。

彼らには、掲示番号を伝え、事務所待機の者は、次々と出かけていく。
彼らには、予備のための画鋲を持ってもらった。

ポスター貼りのメンバーの1人から、連絡が入った。
「アノ−、画鋲がきかないんですけど。」
「なんで?」
「掲示板、トタンが貼ってあるんですけど。」
「エッ、トタン。」

それは知らなかった。僕が、この前見たのはベニヤに白いペンキを塗った物だったんだけどな。トタンに画鋲、そりゃ、無理だわな。
あとで聞くと、2つの地区が、トタンを貼った掲示板だったようだ。
そのトタンを貼ったものは密着が良く、ポスターを貼るにも、空気を抜くのが大変だったそうだが。それぐらいなら、はがれることもあるまい。

10時ぐらいになって、選挙責任者が、「ちょっと見てくるわ。」と出かけてiいった。
昼近く、「ポスター看板の掲示板、写真に撮ってきた。でも、ベニヤだったなぁ。」と帰ってきた。
プリンターで出力してくれと言う。事務所にある複合機は、責任者、あなたのですけど。

「イヤー、買ったはいいが使えない」いう。ちなみに彼は、パソコン持ってません。
彼、もともと写真が趣味なんですが、この複合機は写メールで撮った写真を、何枚かプリントアウトしただけだ、という。ということで、プリントアウトの仕方の個人授業。というほどのものでもないか。

横幅10.5m 80人分の巨大ポスター掲示板。1枚では収まりきらず、3枚を糊付けして1枚にしたものを、事務所の壁にピンで留めた。


多分、というより間違いなく、こんな巨大掲示板を見るのは、一生に一度、最後のことだろうな。と妙な関心をしてしまった。上段だと脚立なしでは、貼ることができない。

ポスター貼りのメンバーは、昼ぐらいには全員、事務所に帰ってきた。思ってたよりも早い。
相互協力が効を奏したのか。

ぼくも気分が高揚していたのだろう、ポスター貼りが終わったこと連絡することを、すっかり忘れていた。1時半頃、細木数男事務所に電話を入れる。

「こちらのポスター貼り終わりましたので、連絡差し上げました。そちらは、どうでしょうか。」
こういうときは、丁寧ですよ。言葉使いは。自慢するほどのこともないか。

「はい・・・・・・・」若い女性の声。
しばらく、間があった後、
「終わったそうです。」となんとなく、投げやりに聞こえる声がした。
感じワリーが、あと連絡することもあるまい、気にすることもないだろう。

もう一ヶ所に連絡する。こちらは、まだ終わってないが、終わったら連絡をくれるという。
こちらも女性だったが、ごくごく普通の対応、感じは悪くない。その後、3時ごろ終了の連絡が入った。

選挙戦初日も、まもなく終わろうとしていた夜7時30分ごろ、責任者のもとに一本の電話が入った。

ある掲示板に、うちの候補者のポスターが2枚貼られている。というのだ。
事務所内は騒然となった。場所は細木数男の地元だ。

だから、他人をあてにすると碌なことはない。なんてことを言ってる場合じゃない。 まずは、確認から。教えてくれたのは、うちの近所から嫁に行った人。折り返しの電話をすると、間違いなく2枚貼られているという。番号は○○と▲▲。

事務所にいた全員で、さっき撮ってきたポスター掲示板の写真を見て確認する。
○○は、うちの番号。▲▲は他の候補者のもの。

▲▲に貼られるべき候補者を、知っていると言う人がいて、すぐに謝罪に行ってもらい貼り変えしようということになったが、ここで問題が起きた。
掲示板に貼ったポスターは、勝手にはぐことができない。選挙法違反だ。

「違反はまずいだろう、選管に聞いてからでないと。」
「いや、今すぐ対処すべきだ。」
「選管が、今の時間あいてるか、どうか」
と、ちょっとした議論になった。まずは、貼った相手に確認すべきだろう。と言うので、電話することに。

「もしもし、こちら鈴木一郎(仮名)事務所ですが細木数男事務所さんでしょうか。」

しばらく、間があいた後、

「・・・・は・・い・・」

間の抜けた男の声がした。かなりの年配のようだ。
午後に連絡したときの、女の子の声を思い出し、やな予感がする。

「鈴木一郎の事務所です。」
「杉田次郎?」

「鈴木一郎です。」

「杉田・・・」

アリャ、オレのかつ舌が悪いのか。

「すずきいちろう、です」

「す・ぎ・たでしょ」

だから、鈴木一郎だと言ってるだろ。

「違います。す・ず・き・い・ち・ろ・う・で・す。」

こんどは、一文字ずつ区切ってしゃべってみる。

「すぎたじろう・・」

何だ、このジジイ。

「す・ず・き・い・ち・ろ・うです。」

「だから、すぎたじろうでしょ・・」

相手も、ムキになってきたようだ。耳が遠いのかもしれない。少し声を大きくしてみる。

「す・ず・き・・じ・ろ・う」

ありゃ、興奮して言い間違えた。まっ、いいか。どうせ、このジジイには、分かりゃしまい。
と思ってたら案の定、

「杉田次郎でしょ・・・おかしいな」

おかしいのは、お前だ!
だいたい、お前んとこから、ポスター貼りを願ってきたんだろう。
何で、こっちの名前を知らねぇんだよ!


携帯電話を自分の顔のま正面に持ってきて、叫びましたよ。

「す・ず・き・い・ち・ろ・う・じ・む・しょ、です!!」

「す・ぎ・た・じ・ろ・う・」

向こうの声も大きくなった。ジジイの声から、明らかに不快感が伝わる。
別にこっちだって、携帯電話を選挙用のマイクのように使い、叫びたかねえんだよ。

「鈴木一郎です。」

「アアァ・、鈴木・・・」

やっと、理解できたようだ。これで、本題に入れる。

「あの・・それで、お宅で貼っていただいた、鈴木のポスターが××××という場所に2枚貼られているという連絡が入ったんですよ。」「はぁ・・・」

何のことか理解できてないようだ。
ぼくは同じことを、もう一度繰り返したが、 理解できているのかいないのか、気のない返事が返ってくる。

「ですからね。同じ掲示板に、うちの鈴木のポスターが2枚貼られてるんですよ。」

「はぁ・・」
それがどうした。と言わんばかりだ。ことの重大さが分かってない。
結論、こいつにゃ、日本語が通じない。

「すいません。だれか他の方と変わっていただけますか。」

「・・・・・・・・」

人がいる気配は、受話器の向こうから、感じとることができる。

「そばに、だれか他の方おられませんか?」

「・・・・・・・・・」

おい、今度は、だんまりかよ。
こんなやつ相手にしていても、いつまで経ってもラチがあかない。こうなれば手を変えて、

「うちで頼んだ、鈴木のポスターですけど、残り何枚あります。」
「残ったポスター・・・・・ポスター・・・の残りだと・・・・」

ガサゴソと何か紙類を、かき回しているような音が聞こえる。しばらくした後、

「3枚・・」

ナニー!!  3枚だと・・・

「3枚ですね。鈴木の、ポスターが3枚?」
「うん、3枚・・だな。」
「はい、分かりました。どうも、失礼しました。」

「貼り残した場所がある!!」

思わず叫んでしまった。
事務所内の人間が、怪訝な顔をしている。
相手方には、必要枚数プラス2枚予備として渡してある。向こうが2枚、予備を入れてきたので、こちらもそれに習ったのだが。

同じ掲示板に2枚貼り、残りが3枚ということは、残りが1枚多くなる。つまり張り残しがあるということだ。

候補者は、終了時間の8時になったら、まっすぐ自宅に帰ることになっていた。
彼らの出迎えは、しなくてもいい。

事務所内には、10数人の支援者がいた。
そのうちの2人は、間違えて貼られた候補者を知っているから謝罪に行ってくれるという。
ぼくは、このとき初めて、杉田次郎氏(仮名)の番号に、細木事務所の人間が、間違って貼っていたことに気づいた。

残った人間で、細木の地区の掲示板の貼り残しを確認することにした。
日はとっぷりと暮れ、外は真っ暗になっている。
この地区に詳しいか?と聞くと何人かは、分かるという。彼らを、リーダーとして4組に分けることにした。

選管から渡された8市町村各地域の掲示板用の地図があった。
その中の細木の地区を5つに分割した。これをカッターナイフで切り、各々に渡し確認に走ってもらう。

杉田次郎氏の所に謝罪にいった人から、こちらのポスターをはがし、杉田氏のポスターを貼ることで決着したとの連絡が入る。
確認に行った人たちからも、次々に、「掲示板に貼り残しなし」の連絡が入る。
結局、貼り残しはなかったのだが。なんなんだ、あのジジイは。なんと無責任な。

全員が戻ってきたのは、9時30分近くになっていた。
初日から、これだよ。
みんなで、「選挙が終わったら、笑い話にしよう。」というのが合言葉になりました。

翌日、責任者が、細木事務所に行くという。
行っても無駄だろというと、どんなのか顔を見てくる。と出かけていった。帰ってきて
「今朝、見てきたら、なんともなかった。」と言っていたという。そりゃそうだ。
それで、どんな顔だった。と聞いたら、ジジイばっかりで分からなかったそうだ。

責任者は、細木候補者から直接、ポスターを頼まれたので、本人を知っている。
「そんな、無責任な人には、見えなかったけどな・・・」
細木本人が無責任なんじゃなくて、スタッフが、そうなの。まあ、本人に責任がないわけじゃないが・・・。

うちの候補者には、あとで
「ポスター貼りの人間が集まらないぐらいなら、立候補するのは、止めたほうがいい。」
と言いましたよ。
苦笑いしてましたけど。

あぁアァあ、またやってしまった。

関西では、へらず口をたたく子供に、その口をつまんで、
「この口が悪い!この口が」と言うんだそうだが、

この口が悪い。この口が。・・・・・この口だけが・・