【第27話】 【 文部省の陰謀 】

文部省に日本の食文化大改革という重大なる密命が下った。アメリカの小麦のだぶつき解消。その密命を帯び、最前線に立つことになったのだ。

食べ物においては、大人ではダメだ。あまりにも保守的だ。

子供のころから、パン食に慣らさせる。そうなれば、彼らが大人になったとき、米などに目も行かなくなるであろう。 アメリカからの小麦の輸入要求にも、長期的に応えることが出来る。遠大な計画である。

となれば・・・ターゲットは子供。手段は学校給食。ゆえに担当部署は文部省ということになったのだ。

しかし、このことを実行に移すとなると、生半可なことでないのは明白であった。しかし、アメリカの要求に「NO」といえるはずもなかった。

もうひとつ、平行して進められた計画があった。米の生産拡大が進む中、どうやって、米を日本人の食の中心から切り離すか。

米離れの促進。そのために必要なことは、米のイメージダウン。

アメリカにおいて、肥満が問題になりつつあるという。日本の復興は、目に見える速さ進んでいた。先進国アメリカに学べ、「米は太る」というのは、どうだ。という意見が出された。

まだまだ栄養が足りてるという状態でないとき、「米は太るキャンペーン」が効果をあげることができるのか。といぶかる声が、ないでもなかった。

しかし、このプロジェクトが、1年や2年、いや5年や10年で終わるようなものでないことは明白であった。

「米は太る」の論理的根拠を挙げる必要はない。ようはイメージだ。米の飯を食うと、腹が膨れる。だから太る。ようは、イメージなのだという意見のもと、このプロジェクトにゴーサインが出された。

結果として、マスコミを使った、イメージ先行のこの計画は効を奏した。文部省は、してやったりであった。

一方、学校給食であるが、そこで大きな障害となるのが食器であった。

日本の食器は、手に持つことを前提として作られている。そのため子供用、女性用、男性用と、さまざまなサイズは、手の平の大きさが基準となっている。ご飯茶碗しかり、汁椀しかりである。

欧米では、テーブルの上に食器を置いて食べるというのが普通である。しかし、日本では、「犬食い」と言われ行儀が悪いとされる。これが問題となった。

そうであれば、ようは持てないようにすればいい。それには熱伝導率の高い金属製の器を使うことが一番。アルマイトの食器の導入である。

しかし、それ以上に問題となったのは「箸」である。7世紀の初頭からとなると1300年の歴史があるのだ。箸の歴史と文化 、箸の歴史、箸の文化 

これを覆さなければならない。また日本においては「箸」や食器は個人の持ち物という考え方がある。

たとえば、年頃の娘を持つ親父が、娘の箸と茶碗で、お茶漬けをすすっていたとしよう。それを、娘が目撃したとしたら・・・

親父は、口を聞いてもらえなくなるばかりでなく、その食器は捨てられる運命になることは、想像に難くない。 ことほど、さように日本において食器というのは個人の持ち物という意識が強い。

これは西欧的ではなく、野蛮だ。根本から国民の意識を変えさせなければならない。
「箸」に変わる新しい食器が必要となった。そこで目をつけたのが、「先割れスプーン」であった。

かくして、文部省が目論んだ「食の文化大革命」は、静かに、なお急速に推し進められていった。

そして・・・・ わたしは、この文部省の遠大な計画が、いま確実に実を結びつつあることを目撃することとなった。

ある蕎麦屋での出来事。
隣のテーブルで、向かい合って座っている若いママがふたり。聞くとはなしに聞いていると、学校の先生がどうの、塾がどうの、テストがどうのと、ウドンをすすりながら熱心に話し込んでいた。

母親がこの年代なら、まだ子供だって小さいだろうに・・と思いながら、彼女達の手元をみると、二人そろって箸の持ち方が変なのだ。そして、ふたりとも違う持ち方なのだ。たった2本の棒を持つのにも、いろんな持ち方があるもんだ。
なんて関心はしません。

摩邪(タレントプロフィール:まちゃまちゃ まちゃまちゃホームページ)風に言うと
ひとーつ、「子供の教育って大事よね。」ていう母親。
はぁ!!
てめえが箸も満足に使えないで、何が子供の教育だよ。ざけんなよ、このヤロー!」
カン・カン・カン・カン・・・・・

てな感じですかね。

私たちの世代であれば、箸の持ち方が変だ。というだけで充分にバカにされる材料だったのだが、・・・

テレビのグルメ番組や旅番組などでも、箸の使えないタレントを見ることが多い。テレビで放映するんだから、箸の使えない奴を食い物の番組には使うなよ。といいたいが、案外、製作スタッフですら、まともに持てないのかもしれんなぁ。

タレントに「箸って、どうやって持つんですか?」と聞かれて「いやー、オレも、ようしらんけど・・」だったりして。

もうひとつの目撃談である。あるラーメン屋でのこと。
隣の席に座っていた、ジジ、ババ、男子中学生とおぼしき孫の3人連れ。孫は、店備え付けの漫画雑誌に夢中。

そこへ、ラーメンが3つ運ばれてきた。ジジは、割り箸を取ってやり、孫のドンブリの上に渡してやったり、水の入ったコップをラーメンの脇に置いてやったりと、親切極まりない。しかし、孫は意に介さず、やはり漫画を食い入るように見ている。

そして、「ライス、おまちどうさまでした」と、やや大ぶりの茶碗に入ったご飯が運ばれてきた。孫は、やっと雑誌を閉じると、茶碗を手に持ち、ひとくち、飯をほおばった。

二口目、三口目、ご飯。それから四口目も、五口目も、飯。

「妙な食い方するもんだなぁ・・」と最初は思ったものの、「中学生の男子だったら、これぐらいの食欲ってぇのは、普通か」と思い直した。

しかし、その後も、飯茶碗から手を離すそぶりも見せない。
ラーメンを目の前にして、ひたすら飯、飯、飯、飯・・・。とうとう1膳分の飯を完食。

やっと飯茶碗をテーブルの上に置くと、水の入ったコップを手にして一気に飲み干した。それから、おもむろにラーメンを手元に引き寄せ、麺をすすり始めた。

そのとき、ババは、自分のチャーシューを孫のドンブリに移し、目を細めて見ている。孫は、さも当然と言わんばかりにババのチャーシューに食らいつき、麺をすする。

その後も、麺をすすり、麺をすすり、麺をすすり、麺をすすり・・・・1滴のスープを飲むことなく、麺をすすり終えると、読みかけの雑誌を開いた。

たしかに「いっちょ食い」とか「片食い」というのが増えているとは聞いてはいたものの、実際、ここまでとは・・。

箸の持ち方?
そんなのまともなわけないっしょ。

米どころとと言われる秋田ですら、こうである。

親の世代が箸の正しい持ち方を知らず、その親である、祖父母が見て見ぬふりをする。その現実を目の当たりにしたとき、私は確信した。文部省の「日本の食文化、大革命」は確実に成果をあげていると。

服部栄養専門学校校長の服部幸應氏によると、幼児から30歳までの計650名のうち約4割が箸をきちんと持てないという調査結果がでているという。

アルマイトの食器と先割れスプーンは、文部省の当初の目的を果たし、今、静かに消えようとしている。 文部科学省が実施する主な統計調査の概要

付録:かくして、食器はここまで進化した。

スパナスプーン

ミニフォーク

ミニスコップ