【第20話】 【 ぼくが釣りをやらない理由(わけ) 】

ぼくが釣りをやらない理由(わけ)・・・・
などと、大上段に振りかぶったタイトルの割には、それほどのもんが、あるわけではありません。

結論を先に言ってしまえば、「釣れなかった」

ただし、断じて腕の問題ではない。魚がいなかったから、釣れなかった というだけに過ぎない。

いるところを探り当てるだけの、カンも知識も持ち合わせていなかったのだろう。 などと言ってはならない。

これは決して、腕の問題ではない。釣りに行った場所には、 たまたま、いつも、魚がいなかった。 結果、釣れなかった。というだけに過ぎないのだから。

もう一度いうが、釣りの腕が悪かったわけではない。

それが、証拠に方言でいるところの「エモリ」。通称「アカハラ」だけは良く釣れた。 (これって、「イモリ」でいいんかな?
このイモリ、黒焼きにして煎じて飲むと惚れ薬になるんだと・・試してみる?)

あいつは悪食だから誰にでも釣れるなんてことも、言いいっこなし。なんであれ、 釣れるには釣れたんだから。
(魚じゃねぇってば

ぼくの父親は実利を重んじるというか「食うために捕る」以外の ことは一切やらない人だった。 そんなんだから、釣りなどと非効率的なことには目もくれなかった。

網、一辺倒。その網も、弓形になったやつで、名前は・・・・・

忘れた。

ここで無理して、網の呼び名を思い出そうなどと、無駄なことは、しないことにしている。 理由は、限られた脳内スペースに、もう2度使わないかもしれない、 無駄な知識を蓄えておく必要なし。 という、極めて合理的な考え方からだ。
(うーん、このごろ詭弁に磨きがかかってきたなぁ・・。自画自賛

話を進めていく便宜上、その弓形の網。以下、網は持つ側の反対にヒモを付けて、1人でも魚をすくうことも できるのだが、「えぶり棒」(田んぼで使う杭(刈った米を架けるときに使う)の先に、 幅20〜30センチ高さ10センチほどの板を付けたもの)で追い込みをかける道具を使った。

当然、ふたりでやることとなる。オヤジが網を固定し、そこに向かって「えぶり棒」で追い込みをかける。 捕れて当然、捕れないと「お前が悪い」といわれる。

反対に、ぼくが網を持ちオヤジが「えぶり棒」を使って取れないと 「お前が悪い」ということとなった。どちらにしても、捕れなければ、ぼくのせい。
(なんと理不尽な。

いつも、こんなんで魚捕りなんぞやろうなどという気になると思います?
でも恐かったんで、文句なんぞは言えませんでしたけど

でも、バカにされ放しというのも悔しいんで、魚釣りには行きましたよ。近所の家に生えている 細竹を手に入れて(かっぱらって?、釣りセットっていうの?

あのビニールの袋に入った、テグスや針やオモリなど入ってたやつを買ってきてね。 でも釣れるのは「アカハラ」ばっかり。

近所の幼なじみのケンは、魚捕り(釣り、突き、手づかみも含めて)上手で、これが良く捕ってくるんだ。 それを見て、オヤジはいつも言ってたもんだ。
「ケンに比べてお前は・・・」と

へっ、なに言ってんだい。人には向き不向きというのがあるの。それが証拠に、今ぼくはホームページを 立ち上げ、ヤクザな生活を満喫しているのに対して、ケンは携帯電話さえ、まともに使えない。

いまどき、そんな奴がと。お思いだろうが、
携帯に電話番号の登録の仕方も分からないんだから。これ、仲間うちじゃ、有名なはなし。

だから、どうしたって?
いや別に、江戸の敵を長崎で、ってやつです。はい。

しかし、ついに、魚捕りが下手という汚名返上の日がやってきた。小学校5年生の夏休み中の出来事 だったような。

自分んちの田んぼの排水の暗渠のところに、ゴヨゴヨと動く魚の集団を見つけた。水の干上がった堰に、 わずかばかり残った排水の泥の中でひとかたまりになって、うごめいていたのは、ナマズ。

びっくりするほどの数だった。

当然、すぐに、家にバケツを取りに戻った。当時はプラスチックなんぞはなかったから、 当然ブリキのでっかいバケツです。 それを両手に下げ、ナマズの大群のいる場所へと戻った。

半分干上がった堰へと入り、生暖かな泥にまみれ、一匹、一匹バケツの中へと放り込んだ。
これぞ、か・い・か〜ん。

すぐにふたつのバケツは、いっぱいになった。それでも、捕りきれずに残った何匹かがビトビトと泥水の 中で動いていた。

ぼくとしちゃぁ、充分すぎるほどの収穫量。ていうか、一瞬考えてしまった。
こんなに捕って、これから先、毎日毎日ナマズかぁ・・・と。

バケツふたつを持ち、「これだけ捕ったんだから、オヤジも誉めてくれるはず」と 勇んで家へと向かった。

家の近くまで来てケンと会った。魚捕りとは、こういうときには魚の匂いが分かるものなのか?
バケツの中のナマズを見て「それ、どこで?」と聞くので、「うちの田んぼのところ、まだ何匹かいるぞ。」 と教えてやると、ケンはすぐさま自分の家へと、とって返した。

それでも、家の玄関に入るときには、意気揚揚ですよ。人生最大の釣果(?)オヤジが帰ってきてから、 鼻高々で報告した。最初喜んでいたオヤジも「帰りに、ケンと行き会ったんで、教えてやった」と しゃべると・・・・

「なんで教えた!」と、さすがは実利の人。
えらい怒られた。誉められると思ってたのに、なんでだ〜!!
なんと理不尽なぁ〜。

20匹以上も捕ったんだぜ。
欲張りなもんだと、当時思ったものだったが、今でも、その気持ちは変わってないなぁ。

後でケンから聞いた話だと、7、8匹捕ったということだった。

はーい、それからは、一切魚捕りとは無縁な生活をすると固く心に決め、 今にいたっているわけですわ。

オヤジは、自分の子供の釣りの才能の芽を摘んだね。
ひょっとしたら、今ごろ、「釣り名人」とか「魚捕りの天才」 なんて言われてたりして・・・(ない、ない!  絶対、ない!!


自然を考える釣り人の会

そんな釣りや魚とは無縁の世界にいる、ぼくが「自然を考える釣り人の会」の趣旨に賛同してトップリンクした 理由は・・・・・

いろいろと、いっぱい書いたんだぜ。

やめましたわ。自分で読んで感じてください。
(ホント、いっぱい書いたんだけどね。本文以上に・・・・

そうでなくても訪問者が少ないのに、他のページに飛ばしてどうすんだっちゅう気持ちが、ないでもないのだが・・・・

それを犠牲にしても、リンクしたって気持ちを、汲んでくださいな。     (泣