【第7話】 【 肥溜めにどぼん 】

むかしは、人糞を肥料にしていました。 もちろん汲み取ったものを畑に、直接撒いたのではありません。

そんなことをしたら、野菜が焼けて枯れてしまいます。堆肥として使用するには1年ないし2年、3年と発酵を促進させ完熟させてからのこととなります。

よく、肥料だと言いながら野菜や花に立ちションしている人がいますが、全く肥料にはなりません。花や野菜にしたら、ありがた迷惑もいいところです。

完熟堆肥は、花や野菜の肥料として売られています。もちろん、人糞なんか入っているわけはありませんが。

完熟させるための道具として登場するのが、肥え溜めです。これは、どこの農家の畑にも普通にありました。樽やカメを地面に埋めておいて、そこに汲み取った人糞や生活廃水の落し口の、今で言う浄化槽の沈殿物などを、 その肥え溜めに入れるのです。

汲み取ったばかりでは匂いもきついので、米ヌカを上にかけ防臭します。米ヌカは発酵促進のためもあった のでしょう。

私が子供の頃は、子供たちにも年功序列という意識がハッキリしていました。6年生が親分で、その下に下級生が連なります。年の離れた上級生が下級生の面倒を見るというのは、極々当たり前のことでした。

これが、年が近かったりするとイジメなんかが出てくるんです。よく、泣かされたましたし、泣かせもしました。

小学校入学前後ぐらいだったですかね。秋も押し詰まった、ある日の午後。

高く真っ青な空、そして、空気がキリッと引き締まるような日でした。 その日の遊びは「かくれんぼ」。5,6年生ぐらいになると、1.2年の小さな子供の隠れてるのなんて、すぐに分かってしまうんでしょう。

隠れたとたんに見つかるようなものでした。
ところが、最高の場所を見つけたんです。

そこは、直径7、80センチ程で、高さが2mぐらいの杭を頂点にして縛り、その上にカヤで囲った円錐形の、 縄文時代の竪穴住居のような小屋。

入り口は当時の自分が、かがんで入らなければ通れないくらいの大きさで、中へ入って身を寄せれば、外からは簡単には見えません。

建物の床は、まっ平らで枯草を敷き詰めたようになっていました。

「ここなら、簡単に、見つかることはないだろう」
そう思って、小さな入り口から中に入りました。

入って感じたのは、床に弾力があるということ。そうしているうちに、体が少し下がったような気がしました。

やがて、床が少しずつ、カヤで作った外壁にそって丸くズブズブと沈み込んで行きます。

所詮はこどもです。

今、自分の身に何が起きているのか、全く理解できませんでした。
やがて立っていたフタが傾き始めました。バランスを取ろと体重を移動した途端、フタにヒビが入りました。

その割れ目から濁った液状のものがフタの上にあがてきました。
そして足首、ひざ、腿と体が沈んでいくのです。

もう、こうなると身動きもできず、固まったままです。

多分、泣き声をあげたからでしょう。何人かが、小さな入り口から覗き込んでいました。
もう、その時には胸まで肥溜めの中につかっていました。誰に引きずり上げてもらったのかは記憶にありません。
自分の家の近くだったので、あるいは母親だったのかもしれません。

その後、家の後ろにある小川の傍で、まる裸にされ「臭い、臭い」と母親に文句を言われながら、バケツで頭から何杯もの水をかけられました。

あの薄暗くなりかけた夕暮れの灰色の空、風の寒さ、水の冷たさ。今でも鮮明に思い起こされます。

あのころ、小学校の高学年になると、便所の汲み取りや、ドリフでお馴染みの「肥え桶」ってやつでの運搬を、あなたも、やらされたでしょう。

ほんと、イヤだったよねぇ。

ねぇって。オレに振るなって。お前、いくつだ?って。

やだなぁ、20歳ですよ。ハタチ。



・・・だから、生まれたのはせんきゅうひゃく・・・・・・はちじゅう・・・う〜んと・・・よん、・・・4年です。